彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
私は膝から崩れ落ちそうになる。

それでも、自分を奮い立たせてゆっくりと後ずさり2人に気付かれないよう静かに副社長室を出た。
廊下をよろよろと歩いていると、エレベーターのドアが開く音がした。

誰かに私がここにいたことを知られてしまう。
どうしよう、走って逃げてしまおうか。
いや、逃げる必要はないはずだけど。

戸惑ったまま立ち尽くしていると
「早希さん?」
エレベーターから出て来たのは林さんだった。

「あ、林さん」
ホッとして小さく息を吐くことができた。いいところで出会えた。

「林さん、これ副社長の落とし物なんですよ。副社長に渡してもらえます?」
平静を装って名刺入れを見せる。

「早希さんから渡したらどう?その方が副社長が喜ぶんじゃないの」
林さんは無邪気に笑って言った。

いいえ、私は遊び相手なの。本命は薫。その本命とのラブシーンを見てきたところ。遊び相手の登場でさらに燃え上がる恋人たちの姿なんて見たくない。
そう叫びそうになった。胸が痛い。

「そんなはずないですよ。ちょうど林さんに出会えてよかった。じゃお願いしますね」
ぐいっと林さんの手の中に名刺入れを押し付けると、止まっていたエレベーターのボタンを押して乗り込んだ。

「お疲れさまでした。お先に失礼します」
ニコッと笑って挨拶したつもりだけど、できていたかは自信がない。

「あ、早希さんちょっと待って」
閉まるドアの向こうで声が聞こえた気がするけど、もう遅い。エレベーターは下降を始めていた。

1人になってエレベーターの壁にもたれかかった。

やっぱり週末の出来事は夢だった。
副社長と自分の未来なんて考えていたわけじゃないけど、優しくされて調子に乗って勘違いしていた。
バカな女。

だいたい一夜の過ちで出会っておいて、幸せな未来なんてあるわけがない。副社長から見たら遊び相手ができただけだ。セフレってこと。

ホテルで稔と里美の姿を見たのが2ヶ月前。
それから今度は副社長と薫の抱き合う姿を見るなんて。

エレベーターが1階に着いてドアが開くと仕方なく外に出た。このままずっと狭い閉鎖空間に閉じ籠もっていたかった。
私ってどこまで男運が無いんだろう。
いっそのこと、もう恋なんてしなければいいのかもしれない。
一体私の居場所はどこにあるんだろう。私に寄り添ってくれる男性なんて存在しないのかも。

どんどんネガティブになっていく自分が嫌だ。

そうだ。明日から姉に頼まれて取った有給休暇。今夜のうちに実家に戻ろう。
まだ21時前のはず。急げば最終の新幹線に間に合う。
急いで自宅アパートに戻り準備しておいた荷物を持って駅に向かった。
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