彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「あらら、たくさん早希ちゃんと連絡を取りたい人がいるみたいね」
と姉が笑った。

今日は平日で仕事中のはずだけど、副社長からの着信とメール、高橋と由衣子からのメールが入っていた。
由衣子だけには母の手術の話をしてあった。

由衣子は母の様子を心配した内容だったからすぐに返信した。
高橋からのメールはいきなりタヌキの飼育を放棄して3日も有給休暇を取って実家で何をしてるのかと面白がっているような内容だったからぷっとふきだした。
タヌキの飼育ね。
高橋なりに心配してくれているらしい。ふざけながら私の事を気にしてくれている。

『私のハグを必要としている人とアツい3日間を過ごすのよ』
と返信した。もちろんそれは姪の真彩の事だ。

問題は副社長のメールだ。
本音を言えばこのままメールを見なかったことにしたい。
だが、社会人としてそういうわけにはいかない。

姉に声をかけて病室から出て階段前の広間の片隅に行った。
何となく家族のいる病室では副社長からのメールを開けなかった。

『早希に何かあったのか心配だ。連絡が欲しい』
『急に有給休暇を取ったと聞いた。何事もないのならいいけど一度連絡をして欲しい』
『都内にはいないの?』
『もしかしたら体調でも悪い?』

驚いた。

私が旅行や遊びで有給休暇を取ったと思わないんだろうか?
メールの内容は私の安否確認。その間に着信も入っている。
やだ、これどうしよう。
あんなに忙しい人がこんなに何度も連絡をしようとしてくれている。絶対副社長の仕事にも支障が起きている。
でも、電話をするのはいやだ。

『ご心配をお掛けして申し訳ありません。私の体調は問題ありません。私用で実家に戻っています。連絡ができないことがありますが、どうぞご心配なく 谷口早希』

メールを送信してすぐにまた電源をオフにしてしまった。

はぁ。かなり私の精神状態に悪い。
副社長が私のことを心配してくれるのが2日前なら飛び上がるくらい嬉しかっただろう。
でも昨日、副社長室であんなものを見せられた後でこんなに連絡されてもどう反応していいのかわからない。

結局、姉と私が別行動の時にだけ携帯電話の電源を入れ、一緒にいる時はオフにして残り2日間を過ごした。
副社長から度々メールや電話が入るけれど電話には出なかった。

『何か困った事があれば相談にのるよ』
『体調はどう?しっかり食事はとれている?』

何なんだろう、これ。
思い切って『もう私に構わないで下さい』と言えばいいんだろうか。
たかがセフレに構いすぎだと思う。これじゃ本命の薫が嫌がって泣くはずだ。

私の存在が薫を苦しめているのだと思うと嫌な気持ちになる。

金曜日に出社したくない。
もういっそのこと、会社を辞めてこっちに帰ろうかな。


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