彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
ホテルからタクシーに乗って由衣子の自宅マンションに向かった。
スマホはマナーモードにしている。タクシーの中でちらっと見るとずっと着信を知らせる点滅をしていた。
液晶に示された表示は「副社長」

本当は電源を切ってしまいたい。でも、姉からの連絡が入る可能性があるから切るわけにはいかない。

お酒を飲んでいたし胸がざわつき目眩がしそうだ。
明日出社したくない。

由衣子のマンションに着いてからも副社長からの着信とメールは続いた。

「何があったか知らないけど、一度出なさいよ。じゃないと終わらないよ」

由衣子に忠告されるけど、何を話したらいいのかわからない。

「やだ」って言ってみるけど、由衣子は強い。

「このままでいいわけないでしょ」

私がソファーの端に放置したスマホを由衣子が手に取った。

途端に待っていたかのような着信を告げるライトが光り始める。
由衣子はさっとスマホをタップし電話に出てしまった。

「はい。谷口早希の携帯電話です」
仕事中のようなてきぱきとした口調で会話が始まった。

「ええ。早希はあなたと話したくないようで。ええ。伝えますけど。いいえ、聞いていません。ええ。わかりました。とりあえず説得はします」
そう言って電話を切り私を見下ろした。私は膝を抱えて丸くなっている。

「早希、副社長はあんたと話がしたいって」

「・・・私はしたくないよ」
「じゃ、逃げてないでそうやって自分で言いなさい。早希らしくない」

確かにそうなんだけど。
逃げ回るなんて私らしくない。

「このままだと明日職場に突入されるわよ」
「え、それは困る」
「いやなら今電話」
「・・・うん」

私は震える手でスマホを手に取り副社長に電話をした。

「早希?」
「はい。明日、仕事が終わったら副社長室に伺いたいのですが、副社長のご都合はいかがでしょうか?」
私は努めて冷静に声を出した。

「早希、今一緒にいた女性とは何でもない。古くからの知り合いだよ。そういう関係じゃないから。怒っているのか?」
副社長は私の様子をうかがうように問いかけてくるけど、私はそれをスルーした。

「私の仕事が終わり次第ご連絡させていただいてもよろしいでしょうか?」

私のカタい口調に副社長も今の電話で私からこの件に関しての言葉を引き出すのは無理だと思ったのだろう。

「わかった。一度昼休みにでも夕方の予定を連絡をするよ。都合をつけるから明日は必ず会って欲しい」

「わかりました。では、失礼します」
「あ、待って。早希、約束だよ」
「大丈夫です。必ず伺いますから。おやすみなさい」

そして返事を待たずに電話を切ってそのままクッションに顔を埋めた。
もうぐったりだ。

由衣子はそんな私の頭を撫でてくれて「よくできました」と褒めてくれた。


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