彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
お昼休みに副社長からメールがあった。
『17時以降19時までは副社長室にいる。その間なら時間がとれるから必ず副社長室に来て欲しい』
『必ず伺います』
そう返信した。役員フロアで誰と出会ってももう気にしない。私はここから異動するのだから。
堂々と副社長室に行くつもりだ。
異動願はもう部長に提出済みだし。
定時を過ぎてすぐに役員フロアに向かった。
秘書室の前を通る時にガラス張りの窓の向こうにいた林さんと目が合い会釈する。
林さんは笑顔で頭を下げてくれた。
知り合いの顔を見て少しホッとした。力を貰って副社長室をノックした。
副社長秘書の佐伯さんは私が声を発する前に
「営業2課の谷口早希さんですね。副社長がお待ちですよ」
と笑顔で招き入れてくれた。
どうやら秘書さんに私の訪問を伝えてくれていたらしい。
佐伯さんが執務室をノックしてドアを開ける。
「副社長、谷口さんですよ」
と言うとデスクで作業をしていた副社長がかばっと顔を上げるてすぐに立ち上がって私に近づいて来た。
「早希!」
大きな声を出したと思ったら、すぐにガバッと私を正面から抱き締めてきた。
きゃあ
思わず声をあげてしまった。
「ふ、副社長やめて下さい。ここをどこだと…」
ぎゅっと締め付ける副社長の胸をぐいっと押してみるけど、びくともしない。
「副社長、本当に何するんですかっ」
秘書さんだって一緒にここにいるのに。ぐいぐいと両手で抵抗するとやっと副社長の力が緩んだ。
「佐伯さん、コーヒーはいらないからちょっと早希と二人きりにして」
そう私の頭の上から佐伯さんに言うとまた私を抱き締める力を強くした。
「はい、かしこまりました」
私が副社長の腕の中でもがきながら佐伯さんを見ると、クスクスと笑っていた。涙目で助けを求める。
「ですが、副社長。あまり力を入れると谷口さんが潰れてしまいますよ」
そう言って笑顔で出て行ってしまった。
ええっ、放置?この状態で放置されてしまうの?
「ああ、そうか、早希ごめんね」
また力が緩み、私は深呼吸をした。
苦しいし恥ずかしいし、一体何なの。涙目で副社長の顔を見上げたら今度は唇を塞がれてしまった。
ここ、副社長室だからっ!
驚いて目を見開いたままキスをしている。
副社長の背中をバンバンと叩くとやっと唇が離れていった。
私は力が抜けてペタリとふかふか絨毯に座り込んだ。
はぁはぁと息を整える。
「副社長、一体何を・・・」
副社長は絨毯に片膝を付いて私と視線を合わせた。
「早希が俺を避けて逃げているから」
私の顎をクイッと持ち上げた。
「ほら、どうして目をそらすの」
私は無意識に副社長から視線をそらしていた。
「だって」
私が言いかけると、佐伯さんがいるドアの向こうが何やら騒がしい事に気が付いた。副社長も気が付いたようで立ち上がりドアの方を見る。