彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
副社長室に戻ろうと廊下に出ると、高橋良樹に出会った。

「康史さん」
「ああ、良樹か」

「もしかして、谷口の件すか」
「ああ。お前確か同期だったな。退職の事彼女から何か聞いてないか?」

「ちょっと。ちょっとこっちにいいですか」
良樹は眉をひそめて俺を廊下の端に誘った。

「康史さん、谷口とどんな関係なんですか」
「お前、何か知ってるのか?」
俺は目を見開いた。

「何かって程じゃないですけどね。もしかして、最近谷口が変だったのは康史さんのせいですか?」

えっ?

「早希は変だったのか?」
俺はドキッとした。

「まず、康史さんと谷口の関係を教えて下さいよ。話はそれからです。
俺と谷口はただの同期っていうより海外事業部の佐本を含めて親しい友人っていうか同志みたいな間柄なんで、谷口に不利になるような情報はいくら康史さんでも教えられません」

良樹の真剣な表情に驚く。
2人が同じ部署の同期以上のつながりがあるとは知らなかった。早希のプライベートをあまりに知らなかった自分に軽くショックを受ける。

「早希とそんなに親しかったのか」

「ええ。あ、勘違いしないで下さいよ、異性って感覚ありませんから。お互いに。
それに、谷口の男絡みの話とか俺の女絡みの話とかほとんどしないんで、その辺はお互い全くわかりません」

良樹は「むしろ男友達みたいです」と言い切った。

俺の感覚だと男女間の友情が成り立つとは思えないが、こいつと早希の間には成立していたのかもしれない。もう1人、佐本由衣子さんという存在があるし。

「俺は早希の恋人になりたくて頑張っていたところだったんだ」
そう言うと良樹は驚いた。

「え?頑張ってたって、康史さんが頑張ってたんスか?谷口相手に?」

「もちろん」

「へぇ。康史さんに頑張らせる女なんていたんですね。しかも、それが谷口ですか」

「早希には逃げられてばかりだ。なかなか捕まえられない。もう少しだと思ったら、このざまだ。自業自得とはいえ、今早希がどうしているのか心配で仕方がない。知ってることがあったら教えてくれ」

年下でガキの頃から知っている良樹を相手につい本音が出てしまった。

「本気ですか?」

「もちろんだ。できれば今すぐに結婚したい位にな」

「ええっ!」

良樹は目を丸くしていた。
「嘘だろ、あの康史さんが…」と呟くように言った。

あのってなんだよと思うが、これ以上の会話は社内では不適切だ。
「良樹、何か知っているのなら後でいいから連絡してくれ」そう言ってフロアを後にした。

良樹は何か知っているのだろうか。早希の手掛かりが欲しい。


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