彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
神田部長!
やられた!
タヌキだ。
これは絶対、信楽焼のタヌキの策略だ。
4年もタヌキの下についていながらタヌキにしてやられた。
いくら焦っていたとはいえ、気が付かなかったなんて。
なんて甘い私。
私がここに就職したことも、今副社長がここにいることも全てあのタヌキの策略なんだろう。
エレベーターを降りる頃にはぐったりとして抵抗をやめた私に副社長は
「早希、もう少し我慢して」
と優しく声をかけてくれた。
だったら下ろしてくれてもいいのに、そう思ったけど黙っていた。
たぶん、今の副社長には何を言っても無駄だ。
そのまま社長室に入り、後ろ手にカギをガチャリと閉めてから副社長は私を床にそっと下した。
「早希」
真正面から二人で向かい合う。
私を抱き寄せて副社長は背中を丸めて私の肩のあたりに顔を埋めた。
「ごめん、早希、いろいろ辛い思いをさせてごめん」
ギュッと抱きしめられる。フワッと副社長の香りが私の鼻から入り、私の身体中にしみわたっていく。
「会いたかったよ」
私も会いたかった。
私もずっとずっと会いたかった。
私も彼の背中に手を回していいのだろうか。
私も自分の気持ちを伝えてもいいのだろうか。
副社長は身体を少し離して私を見つめた。
「副社長…」
言おうとしたけど、副社長は私の唇を自分の唇で塞いだ。
副社長のぬくもり、温かい唇。
私も今は何も聞きたくない。
恋人の話も婚約者の話も。何もかも。
私は副社長が好き。
本当は離れたくなかった。
深くなるキスを受け止めながら自然と私の瞳から涙がこぼれ落ちていた。
私の涙に気が付いた副社長が唇を離して、濡れた頬を手で拭う。
「早希、本当に会いたかった」
副社長の優しく切ない視線が私の心を抉る。
「私もです」
思い切ってそう告げた。涙で濡れた顔を手で擦って副社長に抱き付いた。
「忘れたかったけど、できなかった。本当はずっとずっと会いたかったんです」
彼の胸に頭を押し付けるようにしがみつく私に副社長は
「俺の方がもっと会いたかったよ」
そう言って私の背中に回した腕に力を入れた。