クールな外科医のイジワルな溺愛
「自分一人が出ていくならともかく、家の貯金を全部持っていきました。あれからお父さんと私は一から二人で頑張ったの」
『なくなっちゃったもんは仕方ないよ』……お父さんはそう言って、お母さんを探してお金を返してもらおうとはしなかった。もう会いたくなかっただけかもしれないけど。
「花穂ちゃん……苦労したのね。そのことは謝るから……」
すがるような声に、心の中で何かが切れた。私は司の陰から出て、渾身の力で母親と名乗るその女をにらむ。
「謝るからなんなのよ。謝ってもらったって、何にもならない」
苦労したのは私じゃない。最後まで再婚もせず、私のことだけを思って死んでいったお父さんだ。
お母さんに裏切られたお父さんの気持ちを考えると、今でも胸が引き裂かれそうになる。お母さんが出ていってしばらく、お父さんは夜中に一人でお酒を飲んでいた。あの寂しそうな背中が忘れられない。
「あの……お父さんが、死んだって聞いてね……」
自分のことを受容する気が娘に感じられないことを悟って焦っているのか。両手をさすったりもんだりしながらぼそぼそとしゃべる女性。
司は私と女性を交互に見て、はらはらしたような表情を浮かべていた。緊迫した空気を読んだのか、余計な口出しはしてこない。