クールな外科医のイジワルな溺愛

「あの……」

返事をしなきゃ。そう思うのになかなか言葉が出てこない。

「返事は今度でいいよ」

私の反応をどう受け取ったのかわからないけど、司はふうっと息を吐くと、冷静な顔でそう言った。

まさか、にんにくと唐辛子の香りが充満する韓国料理店で元カレに復縁を持ちかけられるとは。

たしかに、今の司は付き合っていた新入社員のときより大人になったみたい。混乱した私をなだめてくれたし、得体の知れない女を乱暴に追い払うこともしなかった。それどころか、同情さえしている。

この人が隣にいてくれたら、私は何も緊張せず、リラックスして毎日を送っていけそう。

母がまた訪ねてきても、司が緩衝材になってくれる。私たち親子の間をうまく調整してくれそう。

だけど……だけど。

頭の中に浮かぶのは黎さんの顔ばかり。

黎さんはあの母親を見てどう思うだろう。ドクターになれるってことは、きっとお金を持っているちゃんとした家柄の息子さんに違いない。その黎さんがあの母親を見てどう感じるか。考えただけで泣きそうになった。

知られたくない。黎さんに自分の母があんな最低な人間だと、私がその娘なんだと知られたりしたら……。

料理を食べ終えたら、司が送ってくれると言った。でも私はそれをやんわり辞退して、タクシーを捕まえて一人で帰ることに。

その中でうとうとしながら、ぼんやりと一つの考えが頭の中に浮かんでいた。

黎さんとの今の生活は、長くは続かないだろう。

何故かはわからないけどそればかりが、脳の中の宇宙にしつこく漂い続けていた。


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