クールな外科医のイジワルな溺愛
黎さんは今のところ、私の出自や過去について聞いてくることはない。お父さんのことを知っているから、それでじゅうぶんだと思っているのかも。
だけど、もしこのままずっと一緒にいようと思うと、どうなんだろう。やっぱり黎さんの実家が出張ってきて、私の事を根掘り葉掘り調べたりするんだろうか。
その考えはずっと頭のどこかにあって、でも怖いから直視しないようにしていた。
「うう~、司のやつ! 嫌い! 大っ嫌い!」
私は大きくなっていく不安を司への怒りに変えて、頭の中で焼失させようとした。
だけど結局、くすぶった煙が胸の方へと渦巻いて、何とも言えない気持ち悪さだけが残ってしまった。
一日分の仕事を淡々と終え、会社を出る。今日黎さんは日勤で、夜には帰ってくる予定。だけど緊急事態で帰ってこられない場合もある。
帰ってくる場合は連絡が残っているはず。そういう約束になっているから。
タクシーを拾う前に携帯を見る。ちょうどこの前母と別れた看板のあるところだ。画面には何の通知も来ていない。もしかして、帰ってこられなくなったのかな。そう思ったとき。
「花穂」
前方から声をかけられ、顔を上げる。するとそこにはカジュアルな格好の黎さんが。今日は外来じゃなかったから、シャツである必要はなかったのか。
とにかく驚いて、声が出なかった。まさか職場に黎さんが現れるとは思わなかったから。