クールな外科医のイジワルな溺愛
そう言いながら、遠い目でうちの会社のビルを見る黎さん。
困る。経理部はもう私しか残ってなかったからいいとしても、他の誰にも見られないとも限らない。
「……わかりました」
握られた手が熱い。やっぱり、こんな中途半端なままじゃ終わりにすることはできない。
母のことを言えなかったのは、黎さんに心配や迷惑をかけたくないから。その気持ちが大半だけど、その一方で今まで母がしてきたこと、そんな母の血を受け継いでいることから彼に軽蔑されるんじゃないかと言う恐れもあったことも事実。
そうなったらそうなったで仕方ない。何も言わないまま消えるなんて、やっぱり誠実じゃない。
こんなに好きになった人だもの。彼がどんな反応をするか不安でも、向き合わなくちゃ。
そう決意して、黎さんについていくことを決めた。その時だった。
「花穂ちゃん……」
何の前触れもなく後ろから私を呼んだか細い声。戦慄に似たものを覚えてゆっくりと振り返る。するとそこには、以前と全く同じ服装をした母が頼りなげに立っていた。
「良かった、会えた」
また会社の近くで待ち伏せしていたんだろう。懇願するような目で私を見上げる瞳に嫌悪感が沸き立つ。
「何しに来たの」
言ってしまってから、そんな質問はすべきでなかったと後悔する。お金を借りに来たに決まっている。