クールな外科医のイジワルな溺愛
「花穂、この人は?」
黎さんに声をかけられ、肩が震えた。そちらを振り返ることができない。彼がどんな表情をしているか、想像するのも怖かった。
「何もしないよ。ただ、最後に会いたくて……」
「最後?」
よろよろと近づいてくる母。
どこか様子がおかしい。よく見れば顔は普通より黄色くて、唇の色も悪い。痩せてもいるけど、それだけじゃない。ただお金に困っているだけで、こんな風になるだろうか?
「ごめんね、花穂ちゃん、ごめんね。お母さん、本当に悪いことをしたね」
「な……に……?」
母は目から涙をこぼしながら、私に懺悔を繰り返す。
「お母さんね……もう……」
その手が私に触れようとして、ぴたりと止まる。母は目を見開いたと思ったら、体を折り曲げて咳き込む。
「大丈夫ですか」
痰が絡んでいるようなあまりにひどい咳に、黎さんが声をかける。すると。
「ごほ、ごぼっ……」
母の口元から、押さえていた指の間を血液が溢れて落ちる。その様子に気づいた通行人が悲鳴に似た声を上げた。
何が起きたの?
咳き込みながら倒れる母を、黎さんが血で汚れるのも構わずに手を伸ばして支える。
「救急車を呼びましょうか」
声をかけてきた親切なサラリーマンに、黎さんはうなずく。