クールな外科医のイジワルな溺愛

「何を迷ってるんだ。オペするに決まっているだろ。できる手は全部打つ」

「黎さん……でも……」

長い治療をすれば、それだけ苦しむ時間が長くなる。お父さんを見ていてそう思った。いつか治ると信じるしかなかったけど、結局運命は残酷に、お父さんの命を奪っていった。

うつむく私の前に、黎さんが手のひらを叩き付ける。ビクッとして叩かれたカウンターを見ると、そこには一枚の紙が。

「早く同意のサインをしろ。実の娘であるお前しか、これは書けないんだ」

涙でにじむ目に、うっすら『手術同意書』の文字が見えた。ごしごしと目をこする私に、黎さんが力強い目線で強く言い聞かせる。

「ずっと離れていたんだろ。でもお母さんは自分から会いにきてくれた。もう一度ちゃんと話をしなければ、きっとお前は後悔する」

「うん……」

「もう逃げるな」

そう言われて、決意が固まった。カウンターの上に置かれたボールペンで、署名欄に自分の名前を書き殴る。バッグからいつも携帯している三文判を出し、名前の横に押印した。

「よし。オペの準備を。急いで」

黎さんが指示を出すと、周りが慌ただしく動き始めた。

もう、逃げちゃダメだ。私は子供じゃない。

嫌な事があると、いつも逃げてきた。潔く諦めたふりをして。黎さんのマンションから出ていったときもそうだ。修羅場になるのが嫌で、速攻で逃げてしまった。


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