クールな外科医のイジワルな溺愛
患者のサインの欄は空欄になっている。黎さんの名前は、丁寧にボールペンで書かれていた。
「お部屋にあった同意書のことで、主治医の先生にお伺いしたい点があります」
紙を持つ手が震えていた。
『……すぐに行くから、五階のテラスの前で待ってろ』
それだけ言われて、通話が途切れた。紙を持ち、エレベーターホールに走る。下へ行くボタンを押すけれど、エレベーターはなかなか来ない。
じれったくなって、エレベーターホールを出る。非常階段へ続く重いドアを開け、らせん状になっている階段を一気に駆け下りた。
「はあ、はあ……」
五階のテラスは、エレベーターホールのすぐそばにある。外に出られるドアをそっと押すと、もう施錠時間になっているにも関わらず、すんなりと動いた。
「走ってきたのか。膝の完治が間違いないみたいで、安心したよ」
テラスの真ん中に、白衣を着た黎さんが立っていた。彼は穏やかに笑っている。
「こ、これ……」
問題の同意書は、素手で持ってきたせいで皺が寄り、一部分が汗でしっとりしてしまっている。
「見た?」
『悪戯成功』とでも言いたげに目を細めて笑う黎さん。こくりとうなずくと、彼はゆっくり私に近づいてきた。