クールな外科医のイジワルな溺愛

もしかして、見られてたのかな。お父さんの入院中、耐え切れなくて病院内の非常階段や他の階のテラスや喫煙所、色んなところでほろほろ泣いてしまった覚えはある。けど、人がいないところを選んで、なるべく隠れて泣いていたつもりなんだけどな。

考えても思い当たることがないので、そこで終わりにした。ベッドに仰向けに寝転がる。

先生、忙しそうだったな。別の仕事をしていても救急に呼ばれちゃったりして。それだけこの病院で頼りにされてるんだよね。急に呼ばれても嫌な顔ひとつしないで、偉いなあ。

それにしても、ドクターの奥さんになる人って大変。土日も全部が休みじゃないし、夜勤はあるし、帰って寝ている時も担当の患者さんに何かあったりしたら、電話がかかってきたり呼び出されたりするんだろう。二人でゆっくりする時間なんてあるのかな。

うっかり黒崎先生と二人で生活する光景を思い浮かべてしまい、ぼっと顔に熱が集中する。

そんなこと想像するだけムダ。こんなに普通の庶民OLを、ドクターが本気で相手にするわけない。昔で言えば武士と商人の娘くらい身分が違う。価値観が合うわけない。

「うう~、もうやめよ!」

ベッドから起き上がり、貴重品ボックスのなかから財布を取りだす。看護師さんが貸してくれて個室の中に置きっぱなしにしてある車いすに乗って個室の外に出た。トイレ以外は無闇に歩かないように言われているから。


< 38 / 212 >

この作品をシェア

pagetop