クールな外科医のイジワルな溺愛
お父さんのときはなるべく土日退院にしてもらって、自分で全部荷物を肩にかけ、お父さんが乗った車いすを押したっけ。
“退院したんだから美味しいものを食べて帰ろう“って言うと、お父さんが”そうだな、刺身でも……って、そんなもん食ったら吐血するわ!“っていうのがお決まりのギャグになっていた。懐かしいな。
「親子ともども、お世話になりました」
スリッパを履いて立ち上がると、診察用の丸イスに座ったまま、先生がにこりと笑う。
「どういたしまして。次回の予約票は明日看護師から渡されるから。貧血も治ったから処方は特になし。俺は明日休みだから挨拶できないけど、気を付けて帰れよ」
医者らしいあっさりした指示に拍子抜けする。
なによ。最初に『理想の体』とか『綺麗な足』とかおだてておいて。怪我を綺麗に治すことにプライドをかけていたわけで、私を特別に思っていたわけじゃないんだ。やっぱりね。
寂しいとか寂しくないとか、昨日のやりとりは何だったのよ。自分がモテるのを自覚していて、私をからかっただけなのか。それとも、この人にとっては日常会話でしかなかったのか。
「はい。さよなら、黒崎先生」
自分で考えておいてモヤモヤした私は、先生の顔も見ずに処置室をあとにした。