クールな外科医のイジワルな溺愛
「さて、タクシータクシー……」
お父さんの入院や通院のときに何度も通ったロータリー。いつも何台かタクシーが乗り場でお客さんを待っているはず……なんだけど。
「あれ」
今日に限って、一台もいない。いるのは患者さんを車いすごと運べる介護タクシーだけ。しかも絶賛送迎中。
時計を見ると、十時半。もしや、午前中退院の人ってだいたいこの時間にタクシーを使うのかな? ピークが過ぎ去ったあとなのかも。
「じゃあバス……はしんどいな」
仕方ない。タクシー会社に直接電話して、ここまで配車してもらうしかないか。大荷物のカバンとは別に肩からかけていたポシェットからスマホを取り出し、タクシー会社を検索する。そのとき。
タクシー乗り場に、すっと一台の乗用車が。まるで南国のカブトムシみたいに黒光りしたクーペ。フロントグリルには誰でも見覚えのある、忍者の撒菱(まきびし)みたいな形のエンブレム。
どこのお金持ち様か知らないけど、タクシー乗り場に入り込んでくるなんて非常識。左側にある運転席と目を合わせないようにスマホを凝視した。
「おい」
非常識おベンツ様が誰かを呼んでいるみたい。まあ、私には関係ないし、無視無視。