お見合い相手は、アノ声を知る人
反論できずに口籠る私を見つめて、彼は不機嫌そうに麦茶を煽って出て行った。
足早に去る後ろ姿を見遣りながらぐっと息を飲み込む。


確かに一瞬だけあの人と同じだと思った。
口先だけの言葉に惑わされた過去の自分のことを思い出してしまったからだ。

二度と同じ思いを繰り返したくないという思うがあって、あんな言葉が飛び出した。

だけど、彼にとっては心外だったかもしれない。
自分が知らない相手と同じように思われて、腹立たしく思ったことだろう。



(……何よ。比べても仕様がないじゃん。私はあの人しか知らないんだから)


これまでの人生で知った男性は彼だけだった。
他に男を知ってたなら、あんな言葉にも態度にも絆されなかった筈なんだ。


カチャ…とガラスの茶器をデスクから持ち上げ、給湯室へと持って行って洗った。

水に消えてく泡のように、自分の体や心に残った記憶さえも、全て消えて無くなればいいのに…と悲しくなったーー。




午後七時半、彼の渡してくれたメモ用紙に書かれた店へ向かうと、会長の秘書さんが店の前に立ち、待っててくれた。


「会長がお待ちかねですよ」


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