お見合い相手は、アノ声を知る人
「堪らず部屋から出て行って、私は愛人です…と彼女に向かってそう言った。彼のことが好き過ぎて、手放せなかった…と告白した」


私を見る彼女の目はとても冷静で、少しも歪むことなく、眉尻をピクリとも動かさないでいた。

能面のように思えて、感情がないのかと思ってしまう程、静かだった……。





『それで?』


やっと出た言葉がその一言で、今度は私が言葉に詰まった。

彼と別れて下さいとか言えなかったし、この関係を続けさせて…なんて以ての外。

それじゃあどう言えばいいんだろう…って、すっかり迷って悩んでしまった。


「彼は私と奥さんの間で狼狽えるしか能がなくて、まるでどちらも選べない子供みたいになってた。

私は彼が歯痒くて仕方ないのに、奥さんはそんな彼の手を握ってこう言ったの」



『祐ちゃん、私の所に戻って来てくれる?』


いきなりな質問に彼も私も目を向けた。
奥さんはふわっと優しい聖母のような笑みを見せて、もう一度彼に言い放った。


『帰って来ると信じてるから。私と祐ちゃんはそんなに簡単に壊れるような関係じゃないでしょ』


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