お見合い相手は、アノ声を知る人
「一路さん…」


声を漏らすと腕の力を緩めて顔を見た。


「やっと名前を呼んだな」


そう言うと嬉しそうに笑い、ありがとう…と日本語でお礼を言われた。

それが胸に沁みて、ぎゅっと彼を抱きしめた。



一頻り泣くと部屋のドアがノックされ、「夕飯のお時間ですが」と仲居頭の女性の声が聞こえてきた。


「…ああ、すみません。あと十分後に出直して来て下さい」


顔を上げた彼はそう言って入室を断った。

女性が「畏まりました」と言って去ると、私の背中をポンポンと叩き、顔を洗ってくるように…と諭した。


「折角美味しい料理が出るんだから気持ちを切り替えてこいよ。駅弁食べた時みたいに、呑気に笑ってる方が似合うから」


ホントに何処までいい人なんだろう。
こんなに彼に甘えてもいいものなのかどうか。


「早く行けって。ずっとこうしてるとヤバい感じだから」


ジリッと動く彼を見つめ、ハッとして体を離した。


「ごめっ……顔洗ってくる」


慌てて洗面所まで走った。

途中で転ぶなよ…と、彼に声を掛けられながら。


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