a bedside short story
プロローグ
「ただいま~」

玄関で靴を脱ぎ捨て、重い足取りで居間へ入った私を迎えたのは、いつもの母さんの声ではなかった。

「お疲れさん。…相変わらず夜遅いなあ。仕事しすぎだぜ?」
「叔父さん!」

私の叔父は郊外の小さな会社の社長だ。
社長と言っても、社員は片手の指で足りる数だと笑っていたけれど。
希少鉱物とか何とか、世界中からレアな材料を手に入れてきてやり取りするのが主な仕事。
一度日本を発つと数年帰ってこない。今回は確か五年ぶりだ。

「帰ってきたらさすがにガキの一人や二人連れてると思ったのに、なんだ、まだ独り身なんだって?」

母さん……。
私は心の中で溜め息をつく。
最近殊に『早く結婚しろ』ってうるさい母さんが、帰国早々弟にぼやいたんだろう。叔父さんもそのテの話、大好きだから。
まあ、こんな歳にもなってるから、色々心配されるのも仕方ないけど。

「今は、彼氏とか興味ないし」
「…って言うヤツほど、実は飢えてるってのがジョーシキだよな」
「叔父さん、失礼」
「ま、そんなサミシイお前に、これやるよ」

そう言って差し出されたのは、色とりどりのビー玉が入ったガラス瓶と、絵葉書だろうか、黄ばんだ紙テープで巻かれたモノクロの写真の束。

「お前への土産だ」
「…ビー玉と、絵葉書?」
「ビー玉のほうは聖夜夢、写真のほうは夏夜夢って言うんだと」
「せいやむと…かやむ?」

聞き慣れない音を繰り返すと、叔父さんは神妙にうなずいた。

「ビー玉のほうは名前の通りクリスマスのためのものだ。だから、12月になったら開けてみ? 使い方は中に説明が入ってるらしいから」
「半年も先のこと、覚えていられるかなあ?」
「そこは若いんだから覚えておけよ」

大袈裟に肩をすくめた叔父さんに、
「善処はします」
と笑っておく。
忘れないようにと念を押した後に、叔父さんは改めて『夏夜夢』を手に取った。
紙テープを外して広げると、スイカやセミ、海など夏の風物詩の写真が顔を覗かせる。

「これをだな、毎日一枚枕の下に入れて寝るんだってよ。寝苦しい夜でも、良い夢見られるって言ってたぜ?」

旅の途中に通りかかった、精霊との繋がりが深い町で買ったという。31枚あるその写真を1日1枚使っていけば、ちょうど8月が終わる――叔父さんはそう言った。

「使うって、どういうこと?」
「さあな。俺は買ってきただけだから知らん」
「っていうか、指折り数えて夏休みを楽しみにする歳でもないんですケド? 第一、会社員の夏休みって5日だよ?」
「苦情は全部終わってから受け付けるぜ。とりあえず騙されたと思ってやってみ。きっとイイコトあるからさ」

無理やり握らされた写真の束に、私は溜め息を吐き掛けた。

残りあと、31枚。
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