a bedside short story
7th.Aug. ひまわり
今日は業務が立て込んで、すっごく疲れた1日だった。
だから私が1番好きな花――ひまわりの写真を選んだ。


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「今日のごはんもとっても美味しかった。ありがとう。ごちそうさま」

私が手を合わせてから笑うと、“彼”は至極嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が、今日は胸に痛い。

「それは良かったです。お粗末様でした」

片付けるべく食器を重ね始める“彼”の手に、自分のそれを重ねて止める。

「今日こそ私にも片付けさせて?」
「嫌です。貴女のキレイな指を荒れさせたくないですから」
「洗い物しながら、話を聞いてほしいの」
「別れ話以外なら聞きますが」

眼鏡の奥の瞳が、射抜くように私を捉える。
私はグッと押し黙った。

「図星なんですね。……理由をお聞かせ願えますか。好きな人でもできましたか。それとも私が嫌いになりましたか」

改めて座り直した“彼”が、目で私にも席を勧める。
疑問文なのに下がる語尾が、静かな怒りを表していた。

「そのどちらでもないわ」
「それならばホッとしました。そのどちらかが理由だった場合、私にはどうしようもないですからね」

深く息をついた後、“彼”は『で?』と短く聞いた。
ためらいながら、素直に気持ちを言葉にする。

「……私よりお料理が上手だから」
「それは貴女が先端恐怖症で、包丁もハサミも持てないのだから仕方ないでしょう?」
「でもそんなの、女としてどうかと思う」
「ずいぶん古風な考え方ですね。炊事洗濯は女性がすべきというのは、現代の個人尊重の思想から外れていますよ」
「それに、あなたはまだまだ若いわ」
「貴女との年の差は、たった5つではありませんか」
「でも、私なんかよりももっと若くて美人で家事ができる恋人を探すには、充分な差よ」
「私は恋人をアクセサリーにする趣味はありません。見た目も年齢も関係ありません」
「でもっ……」
「お言葉を返すようですが」

更に言葉を重ねようとした私の声を制すように、強い声が割り込む。

「私よりも貴女のほうが収入が良いです」
「だって、私はあなたの上司だもの。それに年齢も上だわ」
「私よりも貴女のほうが機械に強いです。数学もできます」
「それは私が、工学科卒だからでしょう?」
「もっと仕事ができる男らしい恋人、たくさん探せますよ」
「男らしさなんて、私は求めてないもの」
「ほら、私たち同じでしょう?」

言葉では、私立文系に敵わなかった。


「ひまわり、お好きですか?」

なんとか次の言葉を捻り出そうとしていると、“彼”は唐突に脈絡ない質問を放ってきた。

「ひまわりって、花の?」
「もちろんです」
「ええ、好きよ? というか、あの花を嫌いな人っているのかしら? ひまわりを嫌いって言う人がいたら、逆にその人の性格が悪いんじゃないかって疑うわ」
「私は、ひまわりですよ」
「は?」
「私にとって、貴女は太陽です。……私は、貴女を見て、貴女だけを見つめて、慕うことしか知らないひまわりなんですが」
「えっと……」
「頑張って料理を覚えて、練習して、少しでも長く私を見ていてほしいと必死に背を伸ばしているのに、貴女はその太陽を奪いますか?」

根本から折れますよ?
もう二度と咲きませんが?

脅すように“彼”は言った。
黙った私を満足げに見つめて、笑みを深める。

「貴女の女性らしさを、私は誰よりも存じ上げています。今から1つずつ示して差し上げましょうか」

食器をそのままに、寝室へ導こうとする手を逆に引いて留めようとするけれど。

「さすがに私も傷つきました。優しく癒してください、太陽さん?」

大好きな声で囁かれてしまえば、溺れるより他ない。


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残り、あと24枚。
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