ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「いつもそう。私は貴方には勝てない・・。」

鞄を物質に取られていた美桜は、怒りを浮かべて溜息を吐いた。

「それは僕の台詞だ。でも、大好きな君の為に負け続ける事は悪くない。
君は、好きなように何処までも自由に飛んで行けばいいんだ。」

私は、その言葉に嬉しくてまた泣きそうになる。

「もう空想しなくていいのね!!本物の世界を目に出来る・・。楽しみだな。」

「だけど、降り立つ場所は一緒がいい。」

「私もそう思う。何処までも飛べる渡り鳥だって、羽を休めなきゃ飛べないもの。」

ハルのような優しい笑みを浮かべた慧に胸がドキンと高鳴る。

「同一人物を好きになるなんて不思議ね。
私は結局ハルも慧も好きになったのね。」

「不思議なんかじゃないよ。ずっと運命を辿ってきたんだ。
君と会う為に、君の未来を変えるためだけに急いで大人になった!
俺を動かす事の出来る純粋さを持つ人間は、この世界で君と聖人くらいだ。」

「お兄様とも約束をしたの?」

「ああ。その約束は君が見つけてくれた切り札のお陰で、今夜果たすことが出来たんだ。」

口を開けて大きな目を見開いた私に、プッと可笑しそうに慧は笑う。

「ハルはお兄様とも仲良しだったの!?意外・・。」

「そうか?聖人も俺のピアノが好きだった。
勿論、当時通っていた塾も同じだった。いつも模試で1番だった俺をライバルとして意識してたそうだ。」

「ああ、天才どうし競い合ったのね。次元が違う話だわ・・・。」

「なんだ、嫉妬か?」

「は?何でそうなるのよ!?私がお兄様に嫉妬なんかするわけ無いでしょ?」

驚いた表情で慧を見上げると、何故か嬉しそうに瞳を輝かせていた。

「初めてだな。やきもちを焼く君も可愛いな。」

「だから、全然焼いてないってば!
もう、ハルなのに慧だし。慧なのにハルで混乱するわ!!」

「君は、容姿でもステイタスでもなく俺を好きでいてくれるだろ?」

懐かしい質問だった。

以前の前提が全く今とは違っていたけど・・。

ぷいっと反らした私の顔は耳まで真っ赤になっていた。

「好きよ。なんか納得いかないけど!!」

「俺のほうが好きだ。・・・新幹線でさよならって言われた時はもう死ぬかと思った。」

「大げさだよ。だって・・あの時は、あっ・・。泣いてる。ごめんてば!!」

「全然、美桜が足りない。明日は休みだから、朝まで話し合うよ?」

泣いたかと思った慧の揺れた瞳は、情欲に燃えていた。

嫌な予感に、私の背中には冷たい汗が流れた
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