ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
翌日の昼過ぎに目を覚ました私は、ベットの横にあるサイドテーブルの引き出しから紙を取り出して、
自筆のサインをした。
外の光は眩しくて、目を細める。
「家族なんてもう誰もいないって思っていたわ。ずっと1人で生きていくって・・。」
「慧、・・貴方となら作れるのかな?私が帰る場所。」
その言葉は宙を切る。
私は、胸に灯る不思議な温かさを感じて・・ふっと微笑んだ。
未だに幸せそうに眠る慧に、口づけをしてゆっくりと目を閉じた。
その日見た夢は懐かしいハルと海と見た夜空一面に広がる大きな花火だった。
低い場所から見上げた大輪の花は、美しくて余韻が残る一瞬の美の連続。
すぐに形を残さずに消えてしまう切なさを、いつも私は憂いたのものだった。
「花火は綺麗ね。だけど、消えてしまう。その美しい形は跡形もなくなるのね・・。」
そう呟いた私は、何も無くなった夜空を悲しそうに見上げていた。
私はあの時気づかなかった。
ハルの苦しそうな、悲しそうな横顔を私は知らない。
再び出会えた貴方に伝えられた想いの強さと、覚悟だけは本物だと思う。
それが、夜空に消える一瞬の儚さではなく消えない物だと信じられる・・・。
だから今は、消える花火の刹那の美しさに寂しさを感じたりはしない。
変わらず側にある永遠を信じる事が出来る気がするから。