ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

「月の光」

その翌日の朝の新聞の一面を飾ったのは、山科ホールディングス及びメディカルラボ、石油輸出事業などを手掛ける大財閥の失脚のニュースだった。

センセーショナルなこのニュースは金銭の贈与、殺人及び殺人未遂計画などの黒い闇が暴かれた記事だった。

慧の言葉通り、私の父は昨夜遅くに山科家に駆け付けた大勢の警官達に逮捕された。

その確たる証拠で固められた数々の嫌疑に父も言い逃れは出来ないだろう。

「これであの山科も終わりだ。」

「そうね・・。こんなに沢山の事件を父が仕出かしていたなんて・・。
お兄様もよく集めたわね。身内の罪を暴くなんて、よっぽど辛かったと思うわ。」

私はため息交じりにコーヒーを飲みながら、清々しい思いでその記事を読んだ。

兄と慧との長きに渡る約束が、漸く叶えられたのだ。

「君もこれで自由だな・・。」

「うん。だけど、これからが大変なのよね。
企業に勤める人には家族がある。一人一人の人生の保証を考えたら・・。」

「そんなの大丈夫だ。全部、俺が買い取るつもりだけど?」

「は?買い取る?・・・えーと。な、何を?」

呆気に取られている私に淡々とした表情で慧は答える。

「決まってる。山科ホールディングスごとうちの二条グループに頂くつもりだ。
山科の関連企業は業績もいいんだ、メディカル事業もまだまだ利益を生む。
いつか目覚めた聖人に丸ごと渡す算段になってるが・・。
それまではうちで面倒を見る。美桜は安心していいよ。」

「あ、あのね・・。大根買うようなノリで言うけどねぇ・・!?
なん・・なんなの・・。怖い・・!
慧が怖いわ・・!!」

「怖いって何処が?
全部君を思っての行動だ。
ここは恐がるところじゃなくて素直に喜ぶとこだろ?」

非常にこの現実と二条慧が重い・・・。

「駄目だ。眩暈が・・。有り難いんだけど、ちょっとついていけないと言うか。
驚きすぎて、朝から現実についていけないんだけど・・。」

さらりと日本の経済を右へ左へと動かせる凄い人に好かれているようで・・。

その人に好かれている自分も空恐ろしい!!

頭が朝から混乱して来た私は、大学院に向かって急いで家を出た。

ドタバタと嵐のように飛び出して行く私の姿に意味が分からない様子の慧が不思議そうに閉まるドアを眺めていた。

静かになったリビングには首をかしげながら、状況が理解出来ない天才がコーヒーを飲みながらソファに座って長い脚を組んでいたのだった。
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