ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
海は、溜息をつきながら慧に牽制を繰り出す。

「美桜、強引な俺様に疲れたら帰って来いよ?その時は、一生面倒見てやるよ。」

落ち着こうと、紅茶のカップに口をつけた慧がまた噴き出しそうになっていた。

その様子をチラチラ見ていた咲と寛貴は笑いを堪えて震えていた。

「慧で駄目だったら今度は私、謙虚な人を選ぶと思うわ。海君も似たような自信満々な俺様の性格がもし治っていたら考えることにするわ。」

クスクス笑いながら答えた。

慧との日常のやり取りで、俺様対処法を身に着けた私は海の台詞も微笑みながら難なく交すようになった。

海もカップの紅茶を喉に詰まらせてゴホゴホ咽てしまった。

慧がそれを楽しそうに嘲笑っていた。

天才同士、互いに牽制し合う二人は、似たもの同士だと思った。

慧と出会って、山科家や、許嫁の海との関係も巻き込んで色んな事があった。

だけど、今はこうして笑い合えている事が奇跡のようだった。

ここに集う人はその運命の渦に翻弄された者、巻き込まれた者達だった。

「・・二条先生、このピアノ凄い綺麗ですね。
白いピアノって管理や保存大変じゃないですか?」

咲がカップを置いて目を輝かせながら、リビングの中央で光り輝いている白いグランドピアノを見つめていた。

「それ、二条の母がくれた物なんだ。
幼いころに亡くなった実母がピアニストだったらしくて。俺が趣味でピアノを弾くと言ったら、これが届いたんだ。」

嬉しそうにピアノを見つめて微笑む慧を見つめながら、数日前の出来事を思い出す。

慧の義父と義母には数日前に会わせてもらった。

私を、「慧の天使さん」と呼んで、優しく抱きしめてくれた温かい人だった。

彼を愛してくれる両親に出会えた事が分かった。

傷ついた慧が、1人じゃなかったんだと感じて心から安堵した。

「あああっ!そうだ。
久保中時代に噂があったヤツだ!
放課後に聞こえるピアノ・・。音楽室から聞こえる天才的な音色で魅了するピアニストの噂があったな。まさかあれ、二条だったのか!?」

「うちにピアノが無かったから、先生に頼んで音楽室を借りて練習してただけだ。」

「音楽室に確かめに行くと音が止むって話で、うっかり怪談話扱いだったな。」

「単に鈴をドアに付けといただけだ。
落ちて鈴が鳴ったら隣の準備室のカギを開けて逃げ込んだだけの話だ。
でも、その仕掛けに気づいて1人だけ正体を見破ったヤツがいたな。」

海は首を傾げて考え込んでいた。

「山科聖人、お兄様でしょう?」

私がソファから慧を見上げて答えると、菫と倉本が驚いて目を見張った。
< 113 / 127 >

この作品をシェア

pagetop