ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
カチャカチャカチャ・・。
広い室内にはキーボードの音と、薄っすらブルーライトの明かりが灯る。
真っ暗な書斎は数多の本と、書類が収められていた。
「あった・・。T社に流れた金と、数字が改ざんされたデータか・・。」
パソコンのパスワードを破って侵入していた聖人は、データを抜き取る作業をしていた。
誰かの足音が聞こえて、作業を中断しパソコンを元のスリーブ状態にした僕は机の下に咄嗟に隠れた。
ギギギ・・・。
と重みがあるオークで出来た書斎への扉が開かれる。
「菫、お前は何故従わぬのだ。藤堂の倅をうちの後継者にすると決めたのだ!!」
「それでは、聖人が可哀想です。あの子はこの家の長男として、必死に幼い頃から帝王学を身に着けて来ました。今だって国立大の法学部で必死に勉強しているんですよ?
もうすぐ卒業なのに・・まさか、海君を後継者に考えてるなんてあまりに残酷ですわ。」
「大学を卒業したら、山科グループの何処かの会社に入れて様子を見る。
しかしな、総帥のポジションは血縁が怪しい者に任せるくらいなら、娘の婿として家に入る海君のほうが信頼もおけるのだ。聖人は優秀だが、私に対して反抗的な意思が見られて危うい!!」
ビクリと肩を震わせた菫は、押し黙るように下を向いた。
「お前と結婚したのが、そもそもの間違いだった。結婚して9ヶ月で生んだ子など・・・。」
僕は大きな机の下で息を殺してその言葉を聞いた。
自分の出自にまで嘘偽りがあったのか・・・。
「今更何を・・。拒絶した私を無理やりここに囲ったではないですか。」
「人生最大の汚点だった。私の子なのか、誰の子なのか分からぬ息子など愛せぬ。」
僕は目を見開いて宙を見つめていた。
喉が渇いて、心臓の音が大きく耳に響く。
「もう貴方には何もお願いしません。・・失礼いたします。」
母が勢いよくドアを閉めて出て行くと、溜息をついた父はソファにドカリと座る。