ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
医療相談室のクーラーはガンガンに冷やされていた。
それよりも、ストレスのせいか私の体温は絶対零度の状態で凍えていたのだった。
私は自分のデスクの側で、嫌味のように長い脚を組んでいる男性に向かって棘のある言い方で話しかけた。
「あの・・。何か用ですか?」
「別に。ただ、このエントの記録読みに来ただけ。」
「へぇ・・。それ、PCで確認出来ますよね・・。
先生のアカウントならこんな、寄せ集めの記録じゃなくて、ちゃんと纏められた物がご覧いただけるかと思いますけど?」
私は、淡々と入力作業を行いながら、努めて相手の表情を見ないように対応するのだった。
「いや、他にも今日入院した患者の保険証について聞こうと思ったのを忘れていた。
教えてくれるか?」
「・・・はい。どの方ですか?」
「このカルテの・・。で、今日の昼ごはんは一緒にどうだ?」
「ああ、山里さんですね。国保ですよ。・・・他の方と予定がありますので、ご遠慮させて頂きます。」
「じゃあ、このカルテの男性は?・・・じゃあ、夕飯は一緒に食べられる?」
「ああ、社会保険ですよ。ここを見るとその種類もカルテ上で確認出来ますから。
・・・研究室戻って論文仕上げたいので、難しいです。」
そのやり取りに、私の隣の席に座っていた秋元咲がブブッと噴き出していた。
「山科さん、私まだこの仕事終わらなそうなの。
ランチはまた別の日に一緒に食べれるし、先に二条先生と食べて来てもいいわよ?」
その言葉に、瞳を輝かせた二条慧がガタッと立ち上がり、私の方へと近づいてくる。
先輩・・。
猛獣に肉をぶら下げる行為は危険です!!
「ちょうど午前の手術が終わって、昼ご飯を早めに食べないと午後の手術に差し支えるから・・一緒に・・。」
「忙しいならさっさと先食べて、お仕事に戻ればいいじゃないですか・・。」
急にノックの音と共に、守田寛貴が慌てて入室して来た。
「おい。ここにいたのか!?二条、午後の手術の打ち合わせ忘れてるだろう!
ごめんね、山科さん。こいつ連れてくね・・。」
「おい、午後イチでも大丈夫だろう。
美桜・・夜道は危険だから帰り大学院まで送るよ。手術終わったらまた、顔出すから。昼飯はすまない・・。」
白衣を引っ張られた二条慧が、縋るような顔で私を見ながら退出して行ったのであった。
「まるで嵐ね。美桜ちゃんも大変なのに好かれたようね。」
クスクスと笑う秋元咲に、私は困った顔で謝罪したのであった。