ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
目の前のグラスに注がれたシャンパンの泡が上がっては消えていく。
グラスは、スワロフスキーのクリスタルが埋め込まれた可愛いデザインのものだった。
「どうした?・・・料理が口に合わないのか?」
私はハッと見上げた慧の顔を見て驚いた。
心配そうな表情で見守っていた。
「何でもないです。ちょっと考え事をしていました。お料理はどれも最高です!!美味しくて久しぶりにこんなフルコースを食べました!」
「そっか、良かった。・・・あんまりあいつが言った事、気にするなよ。」
慧は、メインのステーキにフォアグラが乗せられた皿にナイフを降ろしながら笑う。
「まさか8年ぶりにあんな所で会うなんて・・。普段行かない町に行くと、新鮮な出来事が起こるもんなんですね。」
「ふーん。君は8年間許嫁と会ってなかったのか。それに、君にあんな上から押さえつけるような話し方が気に入らなかった。人はそう変わらないものだな・・。」
私は、口で蕩けるフォアグラに幸せを感じていたので最後の言葉は聞き取れなかった。
「昔から、あんな感じなんです。私が嫌いなのは分かるんですけど・・。なら、許嫁の解消を申し出てくれて良いいんですけどね。」
「君はそれでいいの?あの男が好きとか・・・。」
「・・は?・・ぐっ!!」
私は、肉が詰まりそうになってむせた。
慌てて慧がグラスの水を差しだしてくれた。
「おい。大丈夫か?」
「・・っ大丈夫です!!・・もう、止めてくださいよ。好きな訳ないでしょう?あんな態度取られて好きになる女性なんていないですよ。」
海君は地元では頭脳明晰で、お金持ち、整った容姿でモテていた。
でも、それは私以外の人間には貴公子のように振る舞っていたからだった。
皆が、親でさえ彼があのような威圧的な性格だと知らないからだったのだ。
「そう?君の婚約者の有能さは父からも聞いていたから一応ね・・。まあ、あんな男には負けないけど。」
私の必死な表情を見て笑った慧は嬉しそうに、その美麗な顔で微笑んだ。
「すごい自信ですね・・。少しだけ今日は貴方が羨ましく感じます。」
私は、東京の美しい夜景を見下ろしながら微笑んだ。