ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
食事が終わると、ピアノ演奏が始まった。
幼少期からピアノを弾いていた私は、嬉しくて夜景よりもそちらに気を取られていた。
レストランで食事をしている人達はピアノ演奏よりも自分達の話に夢中になっている人が多かった。
「懐かしい・・。何年弾いてないないんだろう。」
「美桜もピアノ弾くんだよね。子供の頃は俺も習っていた。・・・君は誰の曲が好き?」
私は、シャンパングラスを片手に持って思案する。
答えようと思ったが、それよりも慧はどんな作曲家の曲を好むのか興味があったのだ。
「私よりも・・貴方の方が先に答えて?」
クスッと笑った慧が私の瞳をじーっと見つめて、笑顔で答えた。
「ドビュッシーかな。月の光が好きだ・・。」
「えっ?私もドビュッシーは大好きよ。意外だわ。もっと派手な感じの曲を好むかと思ったのに。」
私は乗り出して、慧を驚いた顔で見つめていた。
<パチン・・・。>
急に店の照明が消されて、ピアニストが新しい曲を奏でだす。
流れ出した演奏に、私は驚いて息を飲んだ。
「こ・・これ!!ドビュッシーのアラベスク?私の一番好きな曲だわ。」
ワゴンに大きなケーキと、花束が載せられて私の席まで運ばれて来る。
「美桜、お誕生日おめでとう。」
そう言って慧は驚きっぱなしの私の顔を見て嬉しそうに笑った。
「な・・なんでこの曲・・。それにこんなに・・。二条先生、私こんなに受け取れません!!」
「どうして?僕の心からの気持だから、君には受け取って欲しい。・・・迷惑だったら仕方ないが。」
「そんな・・迷惑なんて・・嬉しいです!でも、私こんな風にしてもらった事がなくて・・。」
私の言葉を不思議そうな顔で見上げる慧に、私は眉を下げて見上げた。
「私、親にもこんな風に祝われた事なくて。
親が忙しくてお手伝いさんに祝ってもらったり、友達を呼んで、盛大な誕生日パーティを開いてお祝いしてもらった事はありました。
形だけ、華やかで・・。でも、こんな風に心からおめでとうって言ってもらった事がなくて。」
「そうなんだ。君はずっと寂しかったんだね。
華やかそうな容姿と雰囲気の外見と、中身が全く違う・・。でも、僕はそんな君も好きだよ。」
初めて二条慧の好意の言葉を嬉しいと感じた。
私の表面でなく、中身も好きだと言ってくれた彼の言葉に心が温かくなった。