ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
夢を見ていた・・。
懐かしい子供の頃の夢。
家に安らぎを感じてなかったあの頃、私は目を盗んで飛び出した図書館や、自然の中に居場所があった。
比較的都市部だった私の田舎だったが、少し駅から離れたら田んぼや小川がさらさらと流れ、透明な水を湛えていた。トンボ、バッタ、カマキリ・・。
夏は昼間には、蝉が大きな鳴き声で泣いていた。
夜にはカナカナと鳴くヒグラシの声が聞こえてくる。
大好きなのは夏休み・・。
毎日の習い事も夕方からの設定だったので、朝に宿題を終えた私には自由な時間があった。
兄の家庭教師がやってくると、その対応に追われた執事やメイド達を他所にこっそりと抜け出していた。
誕生日に買ってもらった自転車で家を飛び出した私は、メイドに大目玉を食らって怒られてばかりのお転婆娘だった。
毎日が檻の中にいるように、先の人生も全て決められていた私には少しの自由が冒険だった。
綺麗な夕焼けに感動したり、小川で遊んだり、友達と公園で遊ぶことが贅沢だった。
図書館がお気に入りだった私が手にしたのは、大きな野鳥図鑑。
小さな手で必死になって引っ張り出した図鑑をテーブルに運んで、バサッと開いた。
「あった!!・・綺麗な鳥。この鳥になって空を飛んだら高く飛べるかな。」
私は、図鑑に描かれているブルーの尻尾の長い美しい野鳥の姿を見つめていた。
鳥になりたかった。
何処までも遠くに・・自由に飛べる鳥になりたかった。
図鑑を広げて空想の世界で、自分が鳥になって世界中を旅していた。
その時間だけは、誰にも邪魔をされない私だけの大切な時間だったのだ。
次に浮かんだ光景に、胸が抉られるような痛みを思い出した。
大きなトラックが目の前を走り出した。
私は泣きながら追いかけた。
スピードがぐんぐん上がってそのトラックの姿は遂には見えなくなった。
私はその日、羽を無くした。
世界で1人ぼっちになった。