ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

恋は混戦模様。

真っ暗になった部屋。

部屋の時計の針は時を刻んでいた。

山科美桜は、慣れない他人のベッドの中で眠れぬ夜を過ごしていた。

海の言葉が何度も脳裏に思い出しされて、頭がパニックの状態だった。

「私の事が嫌いだけど、許嫁は解消したくない。昔から私にイライラするけど、それは思い通りにならないからだと思ってたのに・・そうじゃなかったって。なら何だ？」

うーんと唸ってコロンと横に寝転がると、下の布団で眠っていた筈の秋元咲がクスクス笑っていた。

「先輩！？すみません・・。声大きかったですよね・・起こしてしまいました？」

下の布団の枕から少し顔を上げて、咲は首を横に振るう。

「違うのよ。私も枕が変わると中々寝付けないみたいなの。ごめんね、笑っちゃって。」

「そうなんですか・・。いいんです。海君・・頭が自分で可笑しいって言ってたんで疲れやストレスが溜まっていて爆発でもしたのかなって今、思ったところです。」


私は、シルクの大きなパジャマを身に着けて体を起こして咲を見る。

「それは違うんじゃないかな？藤堂先生って・・寛貴も言っていたけど優秀でかなり普段は落ち着いていて、取り乱した姿なんて人に見せたことがない人みたいよ？」

「はい・・。海君は昔から人前では人間じゃないくらい完璧でした。機械みたいな人間だなって思った事もあったんです。でも、私の前では罵るし、酷い言葉しか出ないし・・。まるで人間サンドバッグみたいな扱いで・・。」

「それって凄いわね。貴方には、自分の弱点や短所を晒しても受け止めてくれるって思ってるのね。」


咲の言葉に、私は驚いて目を見開いた。

「貴方は彼にとって特別なのよ。彼も・・もう気づいたかな？美桜ちゃんの前でしか見せない姿があるのなら・・それは、彼の本来の姿を出せる安心出来る場所が貴方だった。それだけじゃない？」

「まさか・・だって・・ええええっ！？」

私は頭を抱えて悶えていた。

「嫌いって言いながら、押し倒したんでしょ？嫌いだったら触りたくないわよ。好きならその気持ち理解出来るわ。」

目が薄っすら慣れて来た私は、驚きながら頭の整理をする。

咲の言葉に考えても見なかった、海の気持ちの輪郭が見えた。

「今頃・・彼、死ぬほど反省しているかもよ。今度貴方の前に現れる時は、自分の気持ちを自覚した彼だろうからどう変わっているか楽しみね。」

変わっている・・？

私を好き？

いまいちピンと来ないが、咲の言葉の説得力は物凄いものだった。

「好き・・？私を・・あの海君が・・・。」

彼はいつからあんな酷い言葉を言うようになったんだろう。

優しい頃の海を知っているから邪険には出来ない私がいたのだ。

それは何時からだったのだろう？

ふと、そんな事を不思議に思ったのだった。