ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
昼下がりの東央大附属病院に二条慧がいた。
今日は午後のオペが入っていない事もあり、藤堂海の元へと訪ねて来たのだった。
「医局は何処ですか?」
「あ、あちらの廊下の突き当たりになります・・。あの、誰かとお約束ですか?」
頬を染めた、病院のスタッフが羨望の眼差しを向けて慧を見上げる。
「いえ、知り合いがいるんです。忘れ物をしたので、受け取りに来ました。」
「ご案内します!あの・・こちらです。」
張りきった女性看護師は、振り返りながらチラリと慧を見上げる仕草を見せている。
慧は小さく溜息をついていた。
守田からのアドバイスもあり努めて怖い表情をしないように一歩後ろを歩いていた。
「整形外科の藤堂先生をお願いします。」
女性は、少し驚きながらも頷いて彼を呼びに行く。
「「ガチャリ。」」
医局のドアからスラリとした白衣姿の藤堂海が現れ、目があった瞬間に緊張感が走った。
「こんにちわ。昨日はどうも。」
少し、頬が腫れた様子が見られる海をチラリと見て頭を下げた。
「二条先生。わざわざご足労頂き有難うございます。・・忘れ物の件ですね。」
「話が早くて助かります。言いたい事はこちらも、貴方もあるでしょうが。
彼女の指輪を今すぐ返して頂きたい。」
女性看護師の前で笑顔を浮かべたままで物騒な言葉を選んで告げると、明らかに海と看護師の顔色は青ざめる。
「二条先生。場所を移動して話しましょう。15時からミーティングがあるのですが、まだ時間はあります。話をしましょうか。」
海は、慧を強い視線で見つめ微笑んだ。
病院の屋上へと向かうエレベーターの中はどちらも無言だった。
開いたドアから差し込む強い日差しに、目を眇めた慧は海と屋上のベンチに腰掛けた。
「昨日は情けない所を見られてしまいました。殴ってくれて有難うございました。」
慧は思ってもいなかった言葉に驚いて、海の顔を見た。
昨日とは別人のように、落ち着いて晴れやかな表情を浮かべていた。
「いえ・・。なんだか、この間の貴方や、昨日の貴方とは別人みたいで驚いています。」
「昨日、自分の気持ちをやっと自覚したんです。そうしたらスッキリしました。
美桜が好きだと気付いて・・今までの暗闇で足掻いていた自分の気持ちの整理がついたんです。」
嫌な動悸がする。
何故か、この海の変化に焦りを覚えていた。
「・・そう、ですか。あの、指輪は返して貰えますか?」
駄目もとで頼んだ言葉に、あっさりと返事は返された。
「今日、返しに行こうと思ってました。」