ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
その言葉に唖然とした表情で、海を見ると別人のように穏やかに微笑んだ姿があった。
スッとポケットの中から慧の右手に、銀色のリングを置いて微笑んだ。
「この指輪は、貴方が彼女にあげた物ですよね。」
静かに頷く慧を見て、くすっと笑った海ははっきりと宣言をした。
「本気なんですね・・。でも、貴方には負けません。
半年後、彼女が卒業と同時に私と挙式を行う事が決まったと山科会長から言い渡されました。
私は必ずそれまでに彼女の気持ちも自分に向けてみせます。」
慧は厳しい表情を浮かべたまま、海を見つめていた。
「昨日、自分がした事を忘れたのか・・。わずか半年で彼女の気持ちを取り戻せると思うのか?」
海は、空を見上げていた。
さらりと茶色の髪が揺れる。
吹っ切れた表情の瞳は美しく輝いていた。
「無理かもしれませんね。でも、私には山科の後ろ盾がある。
どんな事をしてでも彼女は私のものにします。そして、私が自分のやり方で彼女を守ります。」
「彼女を守ると言うなら、山科の力を使うのはかえって逆効果だ。それが分からないんですか?」
「貴方こそ・・。山科の力を見くびらない方がいい。人の命などどうとも思わない人間もいるんだ。」
「・・・よく知ってます。だからこそ、貴方に彼女は渡さない。命に代えても俺が彼女を守る。
指輪は貰っていきます。失礼します。」
踵を返して屋上を去る慧の背中を、海はただじっと見つめていた。
「命を懸けてる・・。そうか、あんたも本気なんだな。だが、俺にだってその覚悟はあるんだ。」
ボソッと呟いた海の声は慧には届かなかった。
受け取った指輪を握りしめた慧は美桜の元へと足を向ける。
今すぐ彼女に会いたかった。
今日の海を見ていると、胸がざわざわと騒ぎ不安の影が過る。
慧は、この不安の正体にはまだ気づいていなかった。