ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
沈黙した車内の静けさが際立つ。
「海君・・本人がそう言っていたんですか?咲先輩も昨夜そう言ってたんですが、私には、いまいち信じられなくて。」
「ああ、本人がはっきり言っていた。それと、君と半年後結婚する事を君の父が決めたとも・・。」
私は目の前のフロントガラスを呆然と眺めながら慧の言葉にびくりと身体が震えた。
土砂降りの雨はフロントガラスが見えない程の強さで降り続けていた。
「有り得ないです。私は、海君と結婚なんて絶対しません。」
耐えられない不安と慧に知られた痛みで苦しくなって彼を見上げた。
しませんと言っても・・それが父の決定ならばもう逃げようがない事も薄々分かっていた。
「俺もそれはさせたくない。君が彼と一緒になっても・・幸せになれると思えないからだ。」
私の方を見つめる慧の瞳は苦しそうに揺れていた。
「お金を貯めて、海外の大学にでも留学しようかな。ワーホリでも何でも・・。
あの家から逃げれるなら、私は何処ででも生きていく覚悟はあります。」
「どうしてそこまで覚悟があるのに俺と生きる選択は選んでくれないんだ?」
私は、涙が溢れそうになる瞼を強く閉じて気持ちを落ち着かせた。
「私は、貴方の事は人として好きですよ。でも異性としては見れません。」
動揺や震えを仕舞い込んで、出来るだけ感情を感じなくした。
「君は俺の気持ちが迷惑だとそう言いたいの?」
「はい。今まで本当に良くして下さって有難うございました。私は大丈夫です。
二条先生もどうかお幸せになって下さい。」
慧の目を逸らさずに笑顔で伝える。
暫しの沈黙と共に慧が目を細めてゆっくりと私の頭を撫でた。
私はそれにビクリと反応し、恐る恐る顔を上げる。
「ここに来る前に君の家に行ったんだ。そこで、山科の家の者を見た。この病院も時間の問題かもしれない・・。」
青ざめていく私の表情と、濡れた体から奪われていく熱にぶるりと震えた。
「そうですか・・。父は決めたら動くのが早いですからね。」
「教えてくれて有難うございます。今夜はホテルを探して、そこで今後の事を考えます・・。」
震える声で言葉を紡ぐ。
痛々しい表情で見つめる慧の瞳を直視する事が出来ない。
私の肩を慧が掴んでそっと抱きしめた。
「先生・・。あの、濡れてます・・。離して下さい!!」
「君は今までよく頑張った。もう1人で戦わなくていいんだ。誰かに甘えてもいいんだ!」
抱きしめられた熱と、苦い感情に私は一筋の涙が頬を伝った。