ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「そんな君の心が、君の優しさ脆さも傷も・・全部好きなんだ。」
やめて欲しかった。
鼓動も早くなるし、涙は一筋どころじゃなく流れ落ちて来る。
「絶対に藤堂には渡さない。山科から美桜を奪ってみせる。そして君に自由をあげる。」
「何処にでも行けるんだ。行っていいんだ。」
「馬鹿じゃないの・・二条先生。私、自由なんてとっくの昔に諦めてるのに・・。いつも見えない首輪が嵌められていて、いつかは飼い主の檻に戻されるの。そこでしか生きれないように、鍵をかけられて。」
「君は籠の中にいる性分じゃないだろ?
見るからに自由に飛びたがっている野鳥だ。自然の鳥を無理に飼いならそうとしても、自死するだけだ。君は閉じ込められたらいつか自分の心を殺してしまうだろ?君の心が死んでしまう方が俺には耐えられない。」
「一緒に暮らそう。嫌になったら出ていけばいい・・。海外の留学だって俺がいくらでも叶えられる。」
私は、驚くように慧を見上げて訝しむ表情を浮かべた。
「なんで私にそこまでしてくれるの?何も貴方にメリットなどないのに。」
表情ひとつ変えずに慧は笑って言った。
「君には分からないかもしれないな。俺は君に救われたんだ。生きる力も、・・目標も全部君から始まった。」
「・・二条先生?私の事、ずっと昔から知っていたの?どういう意味ですか!?」
クスクス笑った慧は嬉しそうに私の瞳を見下ろして、私の口元をじーっと見つめる。
「教えてあげない。君が全てを思い出すまではね。」
ぎゅうっと抱きしめる力を強くした慧に驚いた私は、記憶を辿る。
慧の姿は思い当たらず悩みながら考えていた。
その隙に、私の唇を右手でそっと触れた慧は啄むように口づけをした。
ふいをつかれた私は、怒りよりも嬉しさで胸が一杯になる。
「さあ、家に帰ろう。天気になったら秋元さんと守田先輩に頼んで荷物を取りに行かせる。」
「・・っ。二条先生、咲先輩と守田先生に迷惑かけないで下さい。人使い荒すぎです!!」
もう一度、そっと口づけを落とした慧は幸せそうに微笑んだ。
「いいんだよ。人の厚意には適度に甘えるべきだ。いつか倍返ししてやるよ。」
「流石、二条慧ですね!貴方のその太々しさが羨ましくもあり、私は絶対貴方のようにはなりたくないです。」
「当たり前だろ?君はそのままでいい。俺はこれでいいんだ。」
私は思い切り笑った。
少しだけ、静まった空を見上げて私たちは見つめあって微笑んだ。
車のエンジンがかけられる
まだ止まぬ雨の中、慧の家へ向けて車は走り出した。