ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「お早うございます!・・起きてください。もうすぐ7時になりますよー!?」
目映い朝の日差しと共に、明るい声が寝室に響き渡る。
「・・今日も朝から元気だね・・。朝から血圧が正常なようで結構なことだ・・。」
慧の家で暮らし始めてから2週間が過ぎていた。
どうなるかと憂いていた二人の生活は、自分でも驚くほどに平穏無事な日々だった。
慧と一緒に帰り、二人で買い物をして、料理を作って食べたり、遅い日はお互い論文や本を読みながら夜食を食べながら語り合う。
休みの日はクラシックのコンサートに連れていってもらったり、一緒にDVDを見たりと一人で過ごしていた時よりも楽しく過ごしていた。
夜は慧にがっしりと抱えられて眠る。
私は、誰かの体温が初めて心地いいと感じたのだった。
「貴方は、意外と毎朝低めなんですね。
朝食を用意したのでどうぞ召し上がって下さいね。私、8時には出ないと・・。今日は大学院に行って来ますね。」
「・・そうか、終わったら連絡して。俺か、守田が迎えに行くから。」
過保護すぎる慧に呆れた様子の私は、頬を膨らます。
「普通に電車で帰れますけど?」
「気持ちは分かるが頼む、心配なんだ。
あと、部屋の引き払いの手続きはしておいた。後で住民票の移動の為に、委任状の署名を頼む。」
私は、驚いて慧を見つめた。
「なんだか、全てお世話になってしまって申し訳ないんですけど・・。」
「そうだ、ついでに。」
ベッド脇に置いてあるナイトテーブルの引き出しを、寝癖がまだついてる髪をかきあげながら漁り出す。
1枚の紙切れを私の面前へと掲げた。
一瞬何か判らなかったが、その用紙の利用用途を理解した瞬間、私は朝から青ざめ固まる。
「自分の欄には署名をしておいたから、君がもしいつか俺との未来に確信がもてたらこちらにも署名を頂きたい。
そうしたら、一緒に区役所に行こう。」
呆然とした表情の私を無視し、言いたいことだけを伝えた慧は、今日もスッキリした顔で起き上がって部屋を出ていった。
私は目をぱちくりしばたかせた後、出て行った慧目掛けて叫んだ。
「もう!委任状のついでみたいな、婚姻届なんてサインしませんよ。血圧上がるんで朝から過ぎる冗談言わないで下さい。
私の心臓が持ちません!」
良く見ると、ちゃっかり保証人の欄には守田寛貴と秋本咲の自筆の署名まで書かれていた。
見なかった事にして、静かに元のナイトテーブルの引き出しに眠らせる。
「守田先生は、慧に何か弱味でも握られてるのしら・・・。」
本気で心配になってしまった私は、リビングへ向かう。