ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

「ふふふ、勿論よ。美桜さん、時間が勿体ないから早く支度してね。
学校の校門の前に止めてあるタクシーの中で待っているわ。さっさと来て頂戴ね。・・理央さんそれではまたね。」

くるりと踵を返し、場違いな着物姿の母はゆっくりとエレベーターの方へと歩いて行く。

顔色が完全に悪くなった理央に謝罪を入れると、すぐに帰りの準備を始めた。

「・・ねえ、あの人が美桜のお母さんなんだよね・・。聞いてはいたけど想像以上に、恐い人だね。
美桜、あんた本当に大丈夫なの?」

私は、静かに頷いて一枚の名刺を理央に託す。

「大丈夫よ。でも、確かに恐ろしい人なの。お願い理央、慧にこの事を伝えて欲しいの。忙しいとは思うけど、ここに連絡してくれる?」

理央は、すぐに察して深く頷いた。

「分かった!!帝都ホテルだよね?もし、移動したらすぐにラインして、いつでも二条先生に連絡するから。
ただのアフタヌーンティだといいんだけど・・心配だね。着いて行きたいくらいだよ。」


心配そうな表情で私を見つめる理央を少しでも安心させたくて、私は笑顔を見せる。

「お願いね。有難う・・。じゃあ、また後でお邪魔するね。」

荷物を持って手を振ると、理央が企んだような表情で私に耳打ちする。

「二条先生があんたを助けにナイトのように現れて連れ帰ったら、こっちに無理して顔出さなくていいから!!
また飲み会はいつでも開けるよ・・。とにかく、くれぐれも気をつけてね。」

顔を真っ赤にした私は、理央に抗議しようと思いながらも

少しだけそんな未来も予想出来てしまって、その言葉を無碍には出来なかった。

不安そうに見守る理央に「またね!」と、大きく手を振って院生室を出た。

理央はドアが閉まった瞬間に、自らの携帯電話を取り出し名刺に書かれた番号を素早く打ち込む。

「「・・・・トゥルルル トゥルルル トゥルルル」」

鳴り響く音を逸る気持ちで耳に当て、足は地面をタンタン足踏みしていた。

出て!!早く。

一分一秒でも早く、この事を二条先生に伝えないと。

理央は、先ほどの不可思議な親子のやり取りを思い出してゾッとする。

寂しそうな顔で笑っていた美桜の姿を思い出した。

「うちは、普通じゃないのよ・・。お母さんて、優しいんでしょう?私は優しいなんて感じた事がないわ。」

優しくない母親・・。

普通じゃない母親って何だ?

美桜が言う「普通への憧れ」も、疑問でしかなかった理央だった。

しかし、先ほど見かけた美しい着物を着た女性が、美桜を見つめる凍るような微笑みを思い出して寒気が走った。

あの人の笑みは、愛しい子供を見るような瞳では無かった。

「「・・プッ。・・・もしもし・・。二条です・・。」」

二条慧に今起きた事を伝えようと小さく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

「もしもし、山科美桜の研究室の館林理央です。あの・・今、少しお話しいいですか?」
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