ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
冷笑を浮かべた母は淡々と言葉を紡ぐ。
「貴女が海君と同じ価値観な訳ないでしょう?今の山科に必要なのは次の子孫を宿す器よ。
海君は優秀なお医者様になられて、将来的に婿養子に入ってくれる条件も飲んでるの。
貴方には全てに置いて不釣り合いかもしれないお相手だから、遠慮する気持ちも理解できるけど。
貴方の意見など必要ないのよ?
貴方の今の行動にお父様も激怒してるの。・・騒がしくて困るわ。」
代々続く愛のない親が決めた結婚の形故、温かさなど微塵も感じずに育った私には冷たく心を刺し貫くような母の言葉になど、既に痛みすら感じないくらい心が麻痺してしまっていた。
ここにいると、私は壊れてしまう・・大好きだった優秀な兄のように。
「お母さま、私は山科の家の為に人生を捧げるつもりは毛頭ないわ。」
私は、瞳を大きく見据えてこと冷静に母に伝える。
「貴方、恩知らずにも程があるわよ。誰が貴方を育てたと思ってるの?」
「育ててもらった恩は感じています。でもあそこに戻る事は出来ない。
戻るくらいなら死んだほうがマシだと思って生きてきたの。
だから、私は海君とは絶対に結婚しないわ!」
ガシャン・・・!!
ラウンジ中に響くような大きな音を立てて、カップをテーブルに置いた母は私を憎らしそうに睨む。
私も負けじと母に睨みを効かせた。
この人に・・そして、もはや人間ではなく化け物と化した力の権化である父に負ける訳にはいかないのだ。
私には、慧がいる。
守らなければいけない人達がいることを思い出して、息を吐いた。
「お2人とも・・・。そんなに睨み合っていては美味しいアフタヌーンティも色を失いますよ。」
グレーのスーツを身にまとった藤堂海が、爽やかな笑顔を讃えて現れる。
母と私を見渡して、溜息をついた。
「相変わらずのようですね・・。
お義母様、お久しぶりです。
お声をかけて下さって有難うございました。
美桜に会いたかったので、機会を設けて頂いて嬉しいです。」
海は鞄を椅子の下に置き、ゆっくりと腰かけて微笑んだ。
凪いだ表情の海の姿が、この間会った時とは別人のようだった。
「今回は、貴方達の挙式の提案をしに来たのよ。半年なんてあっという間でしょう?参列者のリストや、式場はこちらで手配するとしても、ドレスやタキシード・・。それに新婚旅行は貴方達の意見を聞きたいなと思っているのよ。」
さっきまでの母とは別人のように、持ってきたパンフレットを広げて明るく話し始める。
秀麗で紳士的な姿に成長した海を見つめて、浮かれた母は艶やかに笑んだ。