ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
吐き気がしそうになった私は、深呼吸をして手元にあった紅茶を呷る。

「そうですね・・。美桜は何を着ても似合うだろうし、誰よりも美しいと思うので彼女の選んだ物を着せてあげたいです。僕はそれに合わせる形でいいんです。
新婚旅行は、彼女の大好きな地中海の島あたりでのんびり過ごそうと思います。
纏めて休みを申請しないといけないので、今から準備が必要なのでバタバタしていますよ。」

「お忙しいとは聞いてるわ。
東京の病院でも優秀なドクターとして注目を浴びているって聞いて、私、美桜なんかよりも素敵な女性との出会いがないかしらって・・。とっても心配していたのよ?」

二人の肌寒い談笑を横目に、ロビーの方へとチラリと視線を移した私の瞳が驚くべき人物を捉えた。

驚いた私は、慌てて紅茶をブハッと噴き出した。

母は、冷えた目で私を見つめて「相変わらず、品がないわね。」と瞳で訴えられた。

異常事態なのだ、今のは巻き込み事故!!

冷や汗をかきながならロビーをもう一度チラッと伺う。

「おい・・。大丈夫か?
器官には入ってないか?」

背中をさすり、気持ち悪いほど優しく私を労わる海にも驚いて目をパチクリさせた。

「え・・ええ。大丈夫。」

ちょっと!!

なんで慧があんなに堂々とロビーの椅子に座ってるの!?

長い脚を優雅に組んで、こちらをみつめる慧の顔は般若のようだ・・。

強張る私の表情と、固まる体にドキドキと心臓が早鐘を鳴らす。

加えて・・今日は海が妙に優しくて気持ち悪い。

なんなの!?寒イボが出そう!!

ダブルパンチに私は顔を青くして黙り込んだ。

海が慧の存在に気づかぬよう気を張りつめた私だったが、母がお手洗いで席を外した瞬間に海にいきなり腕を掴まれビクリと震えた。

「この間は、傷つけてごめん。最低だった。すまなかった・・。」

初めて私に謝罪を入れた海にポカンとした表情で見つめ返すと、プッと海が噴き出した。

私は揶揄われたのかと思って、ムッとした表情を浮かべた。

「・・その反応はごもっともだと思ってさ。今までずっと素直になれなかったから。
俺、やっと気付いた。
美桜の事ずっと好きだったんだ・・。」

「は?今・・何て言ったの!?」

強張った表情の私に、海は優しく笑った。

「虐めたくなったのも、試したりしたのも全部納得が言った。
全ては俺のやきもちから始まった子供染みた行為だったんだ。」

「やきもち?えーと、一体、・・誰が誰に!?」

「お前が花火大会で怪我した日があっただろう?あの日からだ・・。」

小学4年の夏に、海に誘われて行った花火大会の帰りに転落事故に遭った。

その時、確か海ともう1人・・一緒にいたような。

ズキッと頭が痛くなってコメカミを押さえた私を、心配そうに海が覗き込む。

「ずっと一緒にいた俺よりも、あいつを選んだお前が許せなくて・・。
それから大人げない行動ばかりしていたんだ。
目の前で怪我をしたお前を助ける事が出来なかった事がずっと引っかかっていて・・。
いつからか、俺は医者を目指していたんだ。」

海の真摯な表情を見て驚いた。

優しく穏やかな瞳には私への慈愛が見て取れた。

「全然、知らなかった。ずっと私は嫌われているんだと本気で思ってたのに・・。」
< 58 / 127 >

この作品をシェア

pagetop