ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
単身渡米し、宣言通り医学を学んでいた僕の元にある日1通のメールが届いた。
「これ・・。何だって・・!?そんな・・。」
「どうした慧?珍しいなお前がそんな声を出すなんて。お前の”大事な子”に何かあったのか?」
同室のステイーブに、揶揄うように言われた言葉も僕の耳には届かない。
「ああ・・最悪だ!
すぐに日本に帰らなければ。」
「おい!来週の試験大丈夫なのか!?そんな余裕あるのかよ!?」
簡単な荷造りを始めようとクローゼットにあるスーツケースを出した。
余裕の表情でニヤリと笑って振り返った僕に、ステイーブは苦く笑った。
「ああ!!お前は心配しなくても大丈夫か・・。気をつけて行って来いよ!!土産よろしくな。」
ステイーブは、試験範囲の教科書に目を落として自分の勉強に戻る。
飛行機に飛び乗り、成田まで飛ぶ。
そこから東京駅へと急いで向かった僕は、新幹線に乗り継いで数年ぶりのあの街へと向かった。
あの頃より、30センチは大きくなった僕はサングラスをかけたままその街に降り立った。
辿り着いたその街は、懐かしく感じられた。
最後の日、彼女と目があったのに僕は腕をぎゅうっと掴んで痛みを堪えていた。
バックミラー越しに、小さくなっていく彼女を見て涙が止まらなかったあの日。
悔しくて、何が起こったかさえ解らなかった僕のあの時の気持ちを・・彼女も今、感じているのだろうか。
彼女の通う進学校は、駅からタクシーで30分程走った場所にあった。
日本の高校生活を経験していない僕は、少しだけ緊張気味に高校の中へと足を向けた。
夕日が沈む時間の到着だった。
人が疎らになった学校の中で、彼女はまだそこにいるのかは分からなかった。
だけど、僕は彼女がいるとすれば図書室だと、第六感で感じていた。
ガラッ・・。
古くなって、滑りがあまりよくない図書室の扉が開いて中の様子を見渡す。
校門の前でサングラスを外し、明きらかにあの頃とは変わった顔の様相で少しずつ進んでいく。
静寂が流れる図書室には、誰もいなかった。
静かに奥へと進んで行くと図鑑のコーナーがあった。
広いテーブルに1人座ったまま、テーブルに突っ伏した姿勢で図鑑の上に手をついて眠る彼女を見つけた。
その光景を見つけた瞬間、僕の心臓は止まりそうになった。
何年も会ってなかった彼女は、髪を短く切りそろえ肩までの髪が開け放たれた窓から入る風にサラサラと揺れた。
懐かしく、ずっと会いたかった少女の腫れぼったくなった目元にそっと触れた。