ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「遅くなってしまったな。門限には間に合うのかな?・・走れ、美桜。」
君に会って、僕はハルだと名乗りたい。
優しく身体を抱きしめる事が出来たら・・どんなにいいだろう。
美しくなっていく彼女を、側で見られない今の自分が憎かった。
だけど、僕には彼女を守るための力と、後ろ盾が必要なのだ。
もうすっかり暗くなってしまった街に背を向けた。
最終の新幹線で東京へと向かった僕は、二条の家へと帰る。
「お帰り!!久しぶりね、慧・・・。急に日本にいるから帰ってもいい?
・・なんて言うから驚いたわ。
あの人も、予定をキャンセルして帰って来るって。」
嬉しそうに、温かい手料理を作ってもてなしてくれる母に僕は心から感謝した。
こんなに、優しい場所がある事を知らなかった。
父はいつも研究第一で、惣菜や弁当、パンなどを買って一人で食べる事が多かった僕は食事がこんなに美味しい物だとは知らなかったのだ。
誰かと食べるご飯が、こんなに美味しいなんて知らなかった。
それを母に伝えると、涙もろい義母はすぐに泣きそうになる。
急いで帰って来た父が僕を見るなり、笑顔で「お帰り、元気そうだな・・。」と微笑むと嬉しくなる。
帰る場所がある事が、これほど嬉しくて幸せな事なのだと僕は新しい家族と過ごして学んだ。
父のグラスにはビールが注がれ、始まった晩酌に父も母も浮かれていた。
ふと、彼女の事を思い出す。
彼女は今も、使用人が出してくれる食事を1人で食べているのか・・。
ベッドで1人泣いてないかと心配になる。
側にいたい・・。ずっと彼女の隣にいれるならそうしてあげたいのに。
「慧・・・。どうした?」
義父が心配そうに、僕を見つめていた。
「いえ、ただ早く大人になりたいです・・。一人前の人間に早くならなきゃ・・。」
苦しそうに呟いた声に、義母は笑顔で言った。
「あら、慧ってば。大丈夫よ。
嫌でも大人になっていくのよ。毎日年を取っていってこの瞬間にも老いていくの。
焦っちゃ駄目、自分の足元をちゃんと見て進むのよ。」
母が父のグラスに新しいビールを注いで笑った。
「そうだぞ。お前は物凄い早さで大人になっていっているだろう?
僕たちだって君の宣言通りで驚いているんだ・・。もう少しの我慢だぞ。」
この人たちの言葉はとても温かかった。
本当の家族以上のものを僕は二条の家で受けたのだった。
「で、お義父さん病院の方はどうですか?僕が継ぎたくなるような素晴らしい病院であり続けてくださいよ。」
「おい、手厳しいな!!慧の興味を持つような経営をしないとな・・。まだまだ僕も頑張らなきゃなぁ。」
「そうね、慧の求めるレベルまでまだまだ現役で頑張って下さいね!」
義父も義母も楽しそうに笑っていた。
僕は窓の外の月を見上げて彼女を想った。
いつか、君にもこんな温かい場所を作ってあげられますように。