ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
開かれた鍵。
ハルこと、晴海 啓の名の過去を持つ男。
二条 慧は焦る気持ちを落ち着けながら部屋の窓辺に立っていた。
美桜の母親と話した日から、山科の妨害は目に見えて減ったのだった。
病院の前に張り付いていた人影も、今では全く見られなくなった。
逆に不穏すぎるほど静かになった。
「慧はほんっとーに、過保護だよね!?
・・心配しすぎてハゲるんじゃない?」
今日は、大学院の飲み会(リベンジ)を理央が企画していた。
彼女は今頃そこに参加しているのだろう。
朝食を食べていた刻に遡る。
「何時になっても、何処まででも行くから。
終わったら電話するんだぞ?
酔うと君は10割り増しの可愛さで危ないんだから・・・。」
1度、病院内のスタッフの送別会で酔っぱらった美桜を見たことがあった。
白い頬をピンクに上気して、大きな栗色の瞳をトロンと目尻を下げて微笑む姿を見た俺は急いでタクシーに乗り込んで、その場を後にした。
可愛いさの10倍増しの破壊力で上目遣いで見つめられると、理性などなし崩しにされた。
唇に噛みつくように口づけると、いつもより甘い声を出して嫌がる彼女を玄関で押し倒してしまった。
勿論、そのまま朝まで離さなかった。
朝食でのその一言をきっかけに、俺の頭皮の心配を本気でされるぐらい激怒された。
「・・・慧は、私を信用してないでしょう?」
酷く腹を立てた表情の美桜は、朝食のプレートに乗っていたウインナーをグサリと突き刺した。
「君を信用してないんじゃない。君の家族と周りの男を信用してないと言ってる。」
「だから、お酒が入っても酔うまで飲まないわ。理央だっているのよ?」
ムッとした彼女の頬が膨らみ、不機嫌そうな表情でサラダボールを持ったまま睨んだ。
「理央さんだって、君の面倒を見てるだけが仕事じゃないだろう?君は色々人より鈍いんだから・・。」
「あああっ!!・・言った!今、私が鈍いって言ったわね!?」
「当たり前だ・・君は間違いなく鈍いだろ。
藤堂海のあんなに解りやすい気持ちを、何十年間もただの虐めだと思っていた鈍感さには
好い加減呆れてしまう。」
「それは・・その、悪かったわね。どうせ私は鈍いわよ。私は、慧みたく頭が良くないもの!」
その言葉で、頬を真っ赤に染めて抗議するような目で見つめる美桜に反論の余地はなかった。
コーヒーを飲みながら、努めて冷静に伝えたつもりだった・・。
気が付けば、ただの感情的な喧嘩の流れになってしまっていた。
「慧はほんっとーに、過保護だよね!?・・心配しすぎてハゲるんじゃない?」
冒頭の言葉を叫んだ。
洗った物を次々と食洗器へと放り込んだ美桜は、不機嫌そうに足早に家を出て病院へと出勤して行った。
残された慧は頭を抱え「やってしまったー。」と言う表情を浮かべて蹲るのだった。
信用してないとか、そんなんじゃない。
「不安なんだ・・。」
そう、その一言を彼女に伝えれば良かった事に後で気がつく。