ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
マガボニー調の分厚い扉をそっと押す。
<ギギギ・・・。>
大きく軋んだ音が静寂を切り裂いたのだった。
広い部屋を見渡すと、机に眠るような姿勢で手を伸ばし頭を乗せたままの姿勢を取っていた兄の姿を捉えた。
「もう・・。お兄様ってば!!
お疲れかもしれないけど、こんな所で眠ってしまっては風邪を引いてしまいますよ!?」
私は、学習机の側までゆっくりした足取りで向かい、微笑みながら声をかけた。
揺らした肩は力なき肉の塊のように、グラリと姿勢を変えて椅子の反対側から部屋の床にドサリと落ちた。
机の上には二通の手紙と電源が落とされたパソコン、そして血の海が広がっていた。
私は、ガクガクと震えだしてグラリと姿勢が保てなくなって床へと尻もちをついた。
<カシャーーーーン・・・!!!!>
<・・・・パリーン!!>
床に取り落とした皿は割れ、上に綺麗に並べられたマカロンが飛び散った。
粉々になった皿と、ぐちゃりと潰れたマカロン。
床に倒れたままの兄の身体は、糸が切れたマリオネットのようにぐしゃりと軟体動物のように頽れていた。
「あ・・あぁぁぁ。そんな・・。お兄様!?
いやあぁぁあああああああ!!!」
泣き叫ぶ声に、執事が血相を変えて部屋に走り込んで来る。
数人のメイドも慌てて駆けつけて、目にした凄惨な現場に声を出せず真っ青になる者や悲鳴をあげる者がいた。
「お・・お願い・・。救急車を!!すぐに救急車を呼んで・・。病院にすぐに運んでよ!!」
私は泣きながら叫んだ。
オロオロした執事が、家長である父を兄の部屋へと連れて来る。
厳めしい顔をした、身長は兄と同じ175センチぐらいで、非常に恰幅の良い父が現れ
「美桜、お前はどけ!」と命じて、私をその場から下がらせた。
唇を噛みしめ、父の言う事に同意した私は少し遠くから兄を見つめ搬送を焦っていた。
私は眉根を寄せて不安そうに父と兄を交互に見つめる。
早くしないと手遅れになってしまうのに・・・!!
「おい、倉本。これは、お前にはどう見える?」
「お館様、率直に申しますと、自死を選ばれた故のこの状態のように見受けられます。」