ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
厳めしい顔を更に顰めた父は、忌々し気に一言命令を下した。

「そうか、我が家の醜聞となるこいつを何処かに片付けろ。自殺など・・我が家に泥を塗る行為をした出来そこないの命なぞ、助けても何の価値もあるまい。
公には、病死としておけ。病名は任せる。では、私は出かける、車を準備してくれ。」

兄を一瞥するように眺めて、鼻で笑った。

その瞬間に私の中で何かが音を立てて崩れた。
執事やメイドは絶句して、その場に縫い止められたように動けなかった。

倉本だけは、急いで部屋を出て何処かへ向かった。

私は、父の言葉が信じられずに全身から力を無くしてドサッと床にしゃがみこんだ。
見上げた父の平静な顔をギッと睨んで息を吐いた。

「・・・何を・・言っているの?
貴方は本当に正気なんですか、お父様!?」

小鹿のように、震える足に力を込めてゆっくりと立ち上がり父の前に走り込んだ。

「何だ・・。美桜?お前、何か私に文句でもあるのか?女の癖に私に意見するなぞ・・。」

父を見上げ睨みつけた私に、手加減なしの平手打ちがバシンと宙を切り裂くように振り下ろされた。

張り倒されるような痛みに、ふらっと一瞬支えを失った私は左足で踏みとどまって道を譲らずに睨んだまま見上げる。


「女とか・・醜聞とか・・。そんなのどうでもいいでしょう?
表面をどう取り繕ったって家の中の綻びは、隠さずに向き合って修復していかなければ根本から揺らぎますよ、お父様!!
お兄様を助けて下さい!!お願いします・・。優秀で、今までずっと努力して来られたお兄様をあっさり切り捨てるなど、親のする事でありません。助けてあげて!!」

メイド達も、可愛がってきた兄を見ながら涙を流していた。

倉本は、母を連れて来て数人の雇人に命じてお兄様を部屋からそっと運び出す。

「お母様!!お兄様が・・。お父様が捨て置けと言われたのよ?お母さまからも何か言ってください!!」

「菫・・。お前、私に何か言いたい事があるのか?」

私は父を睨みつけ、縋るように母を見つめる。

翠色の美しい織の入った着物を身に着けて、入口付近にスラリと立ちながらこちらを見つめた母は顔色を変えて私の視線を反らすように下を見た。

私の胸はズキッと痛みを覚える。

「いえ・・。私からは何もございません。
聖人は、家の主治医に看てもらいます。それでいいですか?」

「主治医に見せる必要などあるのか?もう手遅れであろう・・。もはや我が家には置いて置けない存在となったのだ。その事を理解した上での発言なのか、菫?」

私は目の前で繰り広げられる、父の母のやり取りに目を見張り驚愕の眼差しで見届けていた。
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