ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

「なんだか、すごく不思議ね。空腹を満たすって何の話かしら？
他の言葉は理解出来るのに・・。」

咲が首を傾げて、違和感を感じた様子で考え込んでいた。

「私も、その部分だけは理解出来なくて・・。
でも、お兄様は意味のない事はしない人なんです。
私も読んだ時から違和感があって、何度も考えてみたんですが、未だに謎なんです。」

「うーん。意味はあるのかな・・。何かの共通のエピソードの話とか？」

守田も、立ち止まって思案していた。

「箱・・？満たす・・。何の事だ。」

慧は身体を動かしながらも思考を働かせていた。
目の前のチェストについている引き出しに、持ってきた鍵を穴に当てた。

しかし、大きさが全く違っていた。

守田も、咲も部屋の中にあるアンティーク家具の錠穴を探して部屋を歩き回る。

その光景を一人の執事が大きな扉の陰から静かにこちらの様子を見ていた。

慧は、横目でその執事の姿を捉えてふいに口角を上げた。

「さあ、ここは見終わったから次は何処に行こうか？守田先輩はアンティークに目がないから、本当に見物に時間がかかって仕方ないな。」

私達は、慧のセリフにポカンとした顔で抗議しようとしたが、何かにハッと勘付いた様子の守田がすかさずにフォローを入れる。

「そうなんだよなぁ・・。
鑑定団とかも大好きだから、こんなお屋敷はお宝の宝庫だな。
ここはもう充分に見せて頂いた。
さぁ、次のアンティークが置いてある場所へ行こうか！」

2人の掛け合いに、渋々頷きながら着いて行く咲と美桜だった。

ハッと何かに気づいた私は、今のやり取りには何かを察した意味のものだと思った。

誰かが、私達を見ているの？

不安に思って、慧のシャツの袖を引っ張る。

私の不安気な視線に気づいて、何故かウインクで返された私はものすごく嫌そうに固まった。

「・・・ブハッ。山科さんのリアクション・・！！」

その様子を間近で見ていた守田と咲が大笑いをしていた。

慧は不機嫌そうに顔を顰めた。

客間、ゲストルーム、舞踏場、遊技場、書斎などアンティーク家具が配置している部屋に入って鍵穴を試した。

家中の部屋と言う部屋を全て見て回ったが、持って来た錠が丁度良くハマるアンティーク家具は見当たらなかった。

「お嬢様、夕方には旦那様と奥様がお戻りです。夕ご飯はご一緒に召し上がられますか？」

震えあがるような提案を、精悍な執事頭である倉本から促され、丁寧にお断りをする。

「そうですか？折角ですから、ご友人方も当家にお泊りになれば良いのに・・。」

「先生方は、お仕事もあるし・・今夜中に東京に戻らねばならないの。短い滞在で御免なさいね。」

無理な言い訳に汗をダラダラ流して、お断りの対応を続けていた。

庭園を咲と見て回っていた時に、少し遠い場所に重厚な土壁作りの蔵が見えた。

「美桜、あれが君と山科 聖人がよく閉じ込められていた蔵か？」

物騒な話に、咲と守田は驚き慌てて振り返る。

「ええ。あそこよ。ほら、入口に木のかんぬきと、古い錠があるでしょう？」