ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
友禅染の着物を身に纏った私の母が、倉本と共に蔵の入り口で立っている。

私とそっくりの栗色の髪を右側に緩く編み込んでいる母は相変わらず、艶のある赤い紅と凜とした立ち姿でこちらを見ていた。

後ろにはいつも母と共にある倉本が冷静に腰を折って控えていた。

「貴方達・・。此処で何をしているんですか?」

心臓が早鐘を打ち、慧と目を見合わせた。

「お母様、こちらでアンティークの家具たちや
この蔵の外部だけでなく、内装もゆっくりお客様にお見せしておりました。
ここの骨董は素晴らしい物ばかりだと、皆さま感動していらっしゃいますわ。」

「そうですか・・。アンティークがお好きだなんて今時の若い方にしては珍しいわね。」

私は、努めて自然に振舞い入口へと皆を先導して歩いた。

大きな蔵の出入り口から出ると、寛貴と咲は自己紹介をして頭を下げた。

いつもように作り笑顔で、淑やかな女性を装う母の様子に辟易しながら私は時間を気にしていた。

「私、二条先生にお話があるの。美桜さん、彼を少しだけ借りていいかしら?」

母が、慧を指名して少し先の庭のテラスに誘導した。

唖然としながら、見送る私に振り返った母は艶のある表情で笑った。

私は、胸に不安が過る。

以前の帝都ホテルでの母と慧のやり取りが思い出され、胸がざわついていた。

驚いた表情の咲は、美桜と母を見比べてボソリと呟いた。

「美桜ちゃんのお母様、凄いフェロモンのある女性ね・・。なんだか、意外だわ。」

「母と私は人種が全く違うんですよ。昔から性格が合わなくて衝突ばかりしていました・・。」

「確かに素材は同じだが、山科さんの持ってる逞しい美しさよりも、女性を全面に出した淑やかさみたいなのを武器にしている感じだな。」

寛貴と咲のコメントにクスリと笑う。

「彼女は娘よりも、いつも・・自分なんです。でも、あの人はそれでいいんだと思います。」

他人事のような言葉に咲は、悲しそうに胸を痛めていた。

私も、言葉にすると心に痛みが走るのだった。

私は不安気に慧と母の姿を見つめていた。


「お話とは、何ですか?山科菫さん。
以前にお話した通り、邪魔をしたら例の件を公表されて頂く手筈になっているんですが。」

白にストライプが入ったシャツに、黒いズボンを穿いた慧は長い足を見せつけるように前に組んで
面白そうに笑っていた。

菫は、眉を少しだけ顰めた。

「貴方の為に、お話しているのに・・。その偉そうな態度どうにかなりませんの?
あの人がもうすぐ帰って来ますわ。早く逃げないと鉢合わせになってしまいますよ。」

「ーそうですか、どうして僕にそれを教えてくれるんですか?貴方は山科の人間でしょう?」

不思議そうな表情をわざと浮かべて、菫を見つめた。
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