ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

父の誤算。

親よりも親らしく成長を支えてくれていた彼には感謝しかなかった。

私は瞳を揺らして倉本の言葉に頷いた。

温かさで溢れていたお別れの場に、突如異変が起こる。


その異変に気付いた慧は、凍ったような表情を浮かべて張り詰めた空気感を出した。

「倉本さん、菫さんを宜しくお願いします。
・・・貴方たちは、「山科」から早く去るべきです。
いいですか、すぐに菫さんと逃げてください。」

慧の鋭い言葉に、驚いて振り返ると倉本の遥か後ろに厳しい視線を向けていた。

赤い夕日が、私達を紅く照らす。

静かに振り返った執事は驚愕の表情を浮かべた。

大きな黒塗りのリムジンが視界に入った私も、ゴクリと息を飲んだ。

遠く離れているのに気づくこの威圧感に私は覚えがあった。

「倉本さんもう時間切れのようです。
お二人のご無事を祈ります。
もし、何かあれば二条に僕に連絡を下さい。
万が一、身の危険があった場合は西園寺の名前を出して結構です。」

ハッとした表情で、慧を見上げた倉本は震える瞳で慧を見つめた。

「貴方は、一体何者なんですか?二条様・・。あの西園寺は・・。」

倉本の言葉を途中で制した慧は、落ち着いた表情で倉本の肩を掴んだ。

「・・必ず、山科聖人と、お2人はお守りします。それが俺の使命なんです。
さぁ、今すぐ菫さんのもとへ御戻り下さい。
ここからは、僕達が引き受けます。」

私は、察した事実に驚いていた。

やっと理解不可能であった菫の葛藤の正体が見えた気がしたのだった。

まだ全てが理解出来ていないけど、母は・・・。

「そうか、お母様が本当に守りたかったものは「山科」じゃないのね・・。」

ボソッと呟いた言葉に、慧は少し口角を上げてで頷く。

驚くべき真実だったが、私は少し胸が空いたのだった。
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