ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

私の腕を掴んだまま、男性が訪ねた。

「・・おい、あんた、会場に戻るのか？」

「はい。13時に挙式で、15時から披露宴なのでまだ間に合いますし。
戻ろうと思ってますけど。」

私は、その手を離そうと思い切り振りほどく。

「そうか、なら俺も戻る。」

そう言ってタクシーの車内へと入って来た。

腕を掴んだまま、窓の外を見ながら運転手に行先を指示した。

「出して下さい。青山の○×迎賓館の近くの××までお願いします。」

タクシーのドアが閉まり、メーターが倒れて走り出す。

ずい分走ったのに、掴まれたまま忘れ去られたようになっている腕が熱かった。

「あの・・。貴方の手・・・いつまでこのままなの・・。」

私は、走り出しても一向に離れない手に視線を投げかけて彼を見つめた。

「貴方じゃない。名前がある・・二条慧だ。」

「えっ？貴方が来週からアメリカから戻る予定の天才外科医なんですか？」

タクシーの中で、素っ頓狂な声を出してしまい恥ずかしくなる。

「よく知ってるな。守田先輩にも言われたよ。病院の従業員は皆、暇なのか・・。
君はどんな噂を知ってるんだ？」

「二条記念病院の院長の息子で・・モデルみたいな美貌の天才外科医。
そんな話が数か月前から流れてますけど・・。」

「そうか・・。でも、院長の息子なのは関係ない。・・ただの医者だ。」

私は、彼の横顔に何処か自分と同じような寂しさを感じた。
同じではないけれど、生まれた時から自分じゃない特別な重圧を背負わされているような孤独・・。

「どうでもいいですね、そんなの・・。
でも、貴方も大変ですね。
背負いたくもないレッテルを追うのって生きてるだけで重圧ですから。」

私は、悲しそうに微笑んだ。

思い出したのは、重圧に壊された兄の背中・・。

二条慧は、私の横で驚いたように私を大きな瞳で見つめていた。

その強い光に気づかずに窓の外を黙って見ていた。