ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「ああ、やっと彼女も決心したようだよ。最初から君の父上も、気づいていたのかもしれない。
山科は、嘘に塗れすぎて真実が何処にあるのか・・当事者ですら理解していないからね。
今度こそ、菫さんは後悔しない選択を選ぶみたいだ。・・・遅いって言っといたけど。」

整った顔で微笑む慧を見上げて、私は驚く程嬉しかった。

「あの人の人形のような笑顔が怖かった。心が凍ったような。
でも、私も母と一緒だったのね!
何処かで逃げれないとインプットされていたの。彼女のようになる所だったかもしれないわね・・。」

何処かで諦められない自分と、逃げ切れない不安があった。

海との結婚からも、山科の家からも・・。

昔から洗脳のように、繰り返されてきた強い無力感に私は何処かで未来に絶望していた。

そんな自分を変えたかった。

「大丈夫だよ。君は、彼女とは違う。
昔から足掻いていただろ。諦めが悪くて、頑固で・・あの家の誰よりも自由だった。」

「ちょっと、頑固は余計!
私は貴方に助けられたのよ・・。
私の未来は大丈夫かもしれないって今は思えるのよ!
独りじゃないって始めて思えた時のように。」

見上げた私の瞳を眩しそうに見る。

慧は優しく笑いながら、私の手をぎゅうっと強く握る。

「きっとお2人なら大丈夫です。
美桜お嬢様、・・二条様、またお会いしましょう。どうか聖人様を宜しくお願いします。」

倉本は、泣きそうな瞳で慌てて礼を取ると車に乗り込み最愛の女性の元へと急ぐ。

車がエンジンをかけて、消え去ると後ろからゆっくりと黒塗りのリムジンがこちらに向けて
動き出した。

ゴクリと喉を鳴らした私を眺めた慧は、私の手をもう一度優しく握りしめる。

大丈夫だと、告げるように。

「慧、わたし・・貴方となら、怖くない。」

美桜の美しい瞳が、夕日に照らされ紅く煌く。

「僕もだよ。
あの頃の僕らじゃないんだ、大丈夫だ・・。
美桜、もう2度と僕は君の前からいなくなったりしない。」

・・・え。

今の言葉の意味は?

慧と、消え去るトラックに乗っていたハルが重なり瞳が陰りを帯びた。

息を飲んで、混乱する頭にハルの笑顔が映し出される。

「慧・・。貴方は・・まさか!?」

心臓は早鐘を打つように、決定的に彼だと私の中の何かが伝えていた。

慧は私を愛しそうに見た後、怜悧な瞳は遥か先を見つめた。
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