ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
ハルが慧なら、間違いなく彼に信じて着いていけばいい。

2度といなくならないと、約束をくれた慧の言葉を私は、信じればいいんだ。

冷たい光が宿る慧の瞳に、少しだけ不安が過る。
貴方は一体今までどうやって生きてきたの?

一人で、運命と戦ってきた彼に聞きたいことは沢山あった。

駅前のロータリーには、薄っすらと白い月が姿を見せていた。

茜色から、薄いブルーへと変わる逢魔が時。

黒塗りのリムジンのドアから、執事にドアを開けられて恰幅の良い父の姿が中から現れた。

「美桜、久しぶりだな。数年ぶりになる薄情な娘の帰郷の報には驚いた。」

紺色のスーツ姿に、真っ黒な革靴を履いた父がにやりと微笑む。

「さて、こんなに急いで逃げるように帰るのは何故なんだ・・?
お前は一体何をしに山科へ戻った?」

私は、眉根を寄せ小さく息を吐いた。

震える手は温かい右手の温もりに包まれ、
勇気づけられるように握りしめられる。

「・・お父様、随分ご無沙汰しております。
私が家に帰ったのは忘れ物を取りに参りましたの。
それもすぐに見つかりましたので、これにて東京に戻ります。」

「戻る??戻るとな。
お前の帰る場所はここだけだろう。
東京はただの一時的な逃げ場であろうが。
あそこにも、もう長くいれないのだぞ。
愚かな事を相変わらず口走る娘だな、お前は。」

「ですから、私は帰るつもりなどないのです。
貴方に何を申しても通じないのでしょうからもう、結構です。」

私は父から目線を逸らして、駅の方へと視線を投げる。

一刻でも早くここから去りたい気持ちだった。

「ふははは・・。お前は、まだ夢を見ているのだな。
お前や菫が愚図だから、結婚式の準備も藤堂とこちらで進めているのに。
逃げられる筈がないのだぞ。式の招待状もこちらで発送済みだ。まだ諦めぬとは・・。」

私は、父の威圧にビクともせずに冷たく蔑むように睨み付ける。

ここが家なら、私はぶたれているだろう。

「何を勝手なことをおっしゃるの!?
私の人生は私が決めると再三、申しておりますのに。結婚の準備など、、いい加減勝手なことをなさらないで下さい!」
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